第255夜「お母さんが一緒」橋口亮輔監督

 演劇ユニット「ブス会*」を主宰するペヤンヌマキの舞台は一度も見たことがない。ただ彼女が監督を務めた映画「映画 〇月〇日、区長になる女。」は、2024年1月の公開時に見ている。2022年の東京都杉並区長選で初当選した岸本聡子候補の選挙戦を見つめたドキュメンタリーで、キネマ旬報に文章を書かせてもらったが、選挙を扱った映像作品としてこれ以上はないと思えるような面白さだった。何しろテレビの選挙報道だとどうしても公平を旨とするから各候補平等に取り上げがちだが、この映画は最初から岸本陣営に肩入れしまくっている。その潔さは本当に胸がすく思いで、当選の歓喜を捉えた瞬間には思わず目頭が熱くなった。

 そんなペヤンヌ監督が作、演出を手がけた2015年の舞台を原作に、「渚のシンドバッド」(1995年)や「ハッシュ!」(2002年)の橋口亮輔監督が映画化したのが「お母さんが一緒」だ。橋口作品を初長編の「二十才の微熱」(1992年)から見続けて、「ぐるりのこと。」(2008年)では撮影現場取材、「恋人たち」(2015年)では監督インタビューもしている身としては、9年ぶりに長編を完成させたとなったら何が何でも試写に駆けつけないわけにはいかないよね。

 舞台は山あいのちょっと高級そうな温泉旅館。母親の誕生祝いを兼ねて旅行に連れてきた弥生(江口のりこ)、愛美(内田慈)、清美(古川琴音)三姉妹の一夜が描かれるが、ユニークなのは主役のはずの母親は一切、姿を見せない。わがままで文句ばかり垂れる母親は三姉妹とも持て余し気味で、予約した2部屋の一室に母親を置いたまま、もう一室に3人が入れ替わり立ち替わりやってきては愚痴や不満を言い募る。

 最初は旅館を予約した次女がいないところで、部屋がかび臭いだの、女湯が狭いだの、長女が三女にぶちまける。冒頭から不穏な空気が充満しているが、お互いのののしり合いはますますヒートアップ。母親に渡すプレゼントのことで言い争ったり、容姿コンプレックスを抱える長女が自分だけ名前に「美」がついていないと嘆いたり、まあ笑うに笑えない姉妹喧嘩がどんどんエスカレートしていく。やがて三女の恋人で近所の酒屋の息子、タカヒロ(青山フォール勝ち)が登場するに至って、カオス状態は最高潮に達する。この辺りのエピソードの畳みかけは、原作の舞台劇が持っている妙味なのだろう。

 この4人の出演者によるアンサンブルを、橋口監督は長回しのクロースアップを多用した絶妙なカメラワークで容赦なく写し取る。三姉妹とも大声で叫んだり泣きわめいたりして、表情はぐしゃぐしゃ、浴衣は着崩れ、江口のりこも内田慈も古川琴音も俳優魂全開で挑んだ畳の上のバトルロワイヤルを一瞬たりとも逃してなるものかとの現場一体となった気概がびんびん伝わってくる。特に終盤、タカヒロが加わった4人が一堂に会して繰り広げる修羅場は見応え十分で、敵味方がころころと入れ替わる中、芝居の間といい、感情の込め方といい、台本の面白さをそのまま映像にすくい取る。舞台の臨場感をそのままスクリーンに再現しつつ、しかも一人一人の表情の変化もつぶさに捉えていて、まさに演劇と映画の両面の醍醐味をたっぷりと堪能した。

 それにしてもこれまでオリジナル脚本で人間の内面をじっくりと掘り下げてきた橋口監督にとっては、原作ありのホームコメディーは新境地と言えるのではないか。9年前の前作「恋人たち」のとき、取材で「自主映画時代に戻ったような気持ちで撮った」と語ってくれた橋口監督だったが、60歳を超えてベテランと言われるくらいの域になってのまた新たなる挑戦は、ほぼ同世代の身にとって大いに刺激になると同時に、改めて表現者としてのすごみを感じた。(藤井克郎)

 2024年7月12日(金)、東京・新宿ピカデリーなど全国で公開。

©2024松⽵ブロードキャスティング

橋口亮輔監督「お母さんが一緒」から。次女(左、内田慈)、長女(中央、江口のりこ)、三女(手前右、古川琴音)に恋人(青山フォール勝ち)を加えた泣き笑いの修羅場が展開する ©2024松⽵ブロードキャスティング

橋口亮輔監督「お母さんが一緒」から。母親を連れて温泉旅館にやってきた長女(左、江口のりこ)、三女(中央、古川琴音)、次女(右、内田慈)の三姉妹は…… ©2024松⽵ブロードキャスティング