第253夜「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」アレクサンダー・ペイン監督

 そんなに難解な作品ではないし、物語だってちゃんと起伏に富んで大いに心が揺さぶられるのに、どうにも言葉にしづらいという映画がある。この「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」というアメリカ映画もまさにそういうタイプで、主役3人のアンサンブルが素晴らしく、いつまでもこの世界に浸っていたいと思わせるものの、さてどう書けばその魅力をきちんと伝えることができるのか、何とも悩ましい限りだ。シチュエーションとストーリーをいくら詳述しても、ちっともこの作品の神髄には届かないような気がする。

 舞台は1970年のボストン近郊。全寮制の名門高校で古代史を教えるポール・ハナム先生(ポール・ジアマッティ)は、かつての教え子でもある校長から、クリスマス休暇に家族の元に帰らない生徒たちの面倒を見るよう言いつけられる。生徒にも教師仲間にも嫌われているハナム先生は融通の利かない変わり者で、議員の子弟である生徒を落第させたことで校長の怒りを買っていた。

 最終的に学校に居残ることになった生徒は、本当は家族でクリスマスを過ごす予定だったが、離婚した母親が再婚相手と旅行に出かけてしまったというアンガス・タリー(ドミニク・セッサ)一人だけ。勉強はできるものの嫌味な性格からクラスでも浮いているアンガスとハナム先生との相性は最悪だったが、一人息子をベトナム戦争で亡くした料理長のメアリー・ラム(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)のおかげで、徐々に気持ちがほぐれていく。

 といったあらすじだけでは、恐らくこの映画の醍醐味はわからない。何と言っても最大のポイントは、この主役3人の複雑すぎる人物造形だろう。ハナム先生は曲がったことが大嫌いな頑固者だが、決して堅物というわけではなく、学校で酒もパイプもやるし、生徒のふざけ合いにも目くじらを立てることはない。対するアンガスも根っからのワルではなく、先生の言うことにもそんなに反発することはないが、家庭環境のせいか、とにかくいらいらしまくっていて寛容ではない。

 こんな一筋縄ではいかない2人の間を取り持つメアリーがまた思いっきり複雑な性格で、本性はおおらかで懐が深い大人なのに、息子が戦死した悲しみからなかなか立ち直れず、心に相当な傷を負っている。3人が3人とも孤独の影にさいなまれていて、でも立場も年齢もまるで違う人間同士が本音でぶつかり合ったらさてどうなるか、というのがこの映画の最大の見どころだろう。

 ともすれば暗くシリアスになりがちな素材だが、もはやベテランの域に達しつつあるアレクサンダー・ペイン監督は随所にユーモアをちりばめて、カラっとした肌触りで人間の内面をのぞき込む。独り者のハナム先生に気のあるようなそぶりを見せる事務員のミス・クレイン(キャリー・プレストン)なんて格好のコメディー要素だし、アンガスの同級生の嫌味なテディ・クンツェ(ブレイディ・ヘプナー)ら生徒たちのキャラクターもいい味わいを加えている。1970年というピンポイントの時代性を全く違和感なく作り上げた再現度も見応えがあるし、こんな曖昧模糊とした素材で極上の娯楽作に仕上げた手腕は大したものだ。

 とは言っても、この作品の真骨頂はやっぱり主要3人の当意即妙なやりとりに尽きる。数多くの映画で特異な存在感を刻んできたポール・ジアマッティはさすがの安定感で、ちっとも共感できないのになぜか憎めない先生像を巧みに引き出していたし、アンガス役のドミニク・セッサは全くの新人ながら、悩み多き若者をみずみずしく体現。メアリーを演じたダヴァイン・ジョイ・ランドルフも、これまでその存在を寡聞にして知らなかったものの、悲しみと人のよさを同時に表現し、アカデミー賞の助演女優賞に輝いた。3人が奏でるハーモニーは何とも豊かな心地よさをもたらしてくれるもので、ペイン監督の演出力の確かさにはうなるしかない。

 そう言えば、モノクロのロードムービー「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」(2013年)でも、やっぱり一筋縄ではいかない変わり者の年寄りを生き生きと描出していたし、人間性の奥底を見つめることにかけては当代一の映画作家かもしれない。60歳を過ぎたペイン監督のますます深みを増してくるであろう洞察力から目が離せない。(藤井克郎)

 2024年6月21日(金)から東京・TOHOシネマズ シャンテなど全国で公開。

Seacia Pavao / Ⓒ 2024 FOCUS FEATURES LLC.

アレクサンダー・ペイン監督のアメリカ映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」から。クリスマス休暇を学校で過ごすことになったハナム先生(中央、ポール・ジアマッティ)、生徒のアンガス(左、ドミニク・セッサ)、料理長のメアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)の3人は…… Seacia Pavao / Ⓒ 2024 FOCUS FEATURES LLC.

アレクサンダー・ペイン監督のアメリカ映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」から。融通の利かない古代史のハナム先生(ポール・ジアマッティ)は学校の嫌われ者だった Seacia Pavao / Ⓒ 2024 FOCUS FEATURES LLC.