第251夜「違国日記」瀬田なつき監督

 瀬田なつき監督の作品には、ほんのちらっと出たことがある。東京・大森の映画館、キネカ大森が制作した先付ショートムービー「もぎりさん」シリーズの10話から12話を瀬田監督が担当していて、2019年の5月、撮影現場の取材がてら、図々しくも観客役の一人としてエキストラ出演をした。もぎりさん役の片桐はいりにチケットをもぎってもらい、ゲスト出演の唐田えりかの背後にぼんやりと映っているのだが、このときは「謎の監督」としてシリーズ全話に入っていた菊地健雄監督が大きな声で指示を出していて、正直なところ瀬田監督の印象は薄い。瀬田組の現場は2016年、吉祥寺を舞台にした長編映画の「PARKS パークス」(2016年)も取材しているが、やっぱり目立っていたのは助監督で、控えめで物静かな監督さんというイメージだった。

 ところがその作品はというと、びっくりするくらい監督の個性が前面に押し出された堂々たる世界観に貫かれている。「PARKS パークス」では、映像と音楽と演技が三位一体となって100年の時の流れを自在に操っていて、われわれ見る者をファンタジーあふれる異世界にいざなってくれた。その演出の妙は、ヤマシタトモコの人気漫画を原作とした新作「違国日記」でも遺憾なく発揮されている。

 中学卒業を間近に控え、目の前で両親を交通事故で亡くした15歳の朝(早瀬憩)は、葬儀の場で初対面の女性、槙生(新垣結衣)に声をかけられる。小説家の槙生は朝の母親の妹で、姉妹仲が悪く長く疎遠になっていたが、親戚の誰も引き取ろうとしない朝を不憫に思い、一緒に暮らすことを持ちかける。こうして人付き合いの下手な偏屈な叔母と、高校生になったばかりの孤独な姪とのよそよそしい同居生活が始まった。

 実の姉である朝の母親のことは大嫌いだったと公言してはばからない槙生に対し、思春期真っただ中の朝は戸惑いをぬぐえない。時にいがみ合いながらも、槙生の親友の醍醐(夏帆)を交えた餃子パーティーや、恋人だった笠町(瀬戸康史)との大人の関係に触れるなどするうち、徐々に朝の気持ちがほどけていく。そのゆっくり緩やかに心が通い合っていく過程が、その場の空気感と2人の表情とを同時にワンショットで捉える巧みなカメラワークですくい取っていて、得も言われぬ多幸感に包まれる。

 そんな瀬田監督の演出意図に絶妙に応えた2人の存在感も見逃せない。心に傷を抱え込んでいる本音を見せないまま、ずぼらでざっくばらんな振る舞いを続ける槙生役の新垣結衣の表現力はもちろんだが、朝を演じた若い早瀬憩の演技には脳天をぶち抜かれた。両親を突然に失った悲しみ、混乱はありながら、何とかそれまでの暮らしを保とうと虚勢を張る。決して感情を爆発させることはないものの、それまで出会ったことのないようなタイプの大人の女性との同居にいらいらは募るばかり。そんな不安定さが実に切なくいとおしく、取り繕っている部分と本心が表に出てくる部分を、不安げな表情、自分を押し殺した表情、愛想笑いを浮かべる表情など、いずれも生身の朝として表出していて、上映の間中、ずっと魅入られっぱなしだった。

 末恐ろしい超新星が現れたものだと感じ入ると同時に、そう言えば瀬田監督は「PARKS パークス」でも、主役の橋本愛に加えて、まだブレイク前の永野芽郁を目いっぱい輝かせていたなと思い出した。演出を手がける放送中のNHK 夜ドラ「柚木さんちの四兄弟。」でも主役の男の子たちが生き生きと躍動しているし、若手の魅力を引き出すことにかけては抜群の感覚の持ち主なのかもしれないね。

「PARKS パークス」でのインタビュー取材のとき、日常の隙間みたいなものが物語の中で生まれてくる瞬間が好きだと語っていた瀬田監督は「見終わって映画館を出たとき、空気が明るくなって足取りが軽くなる。映画館体験がそんなふうになってくれるといいなと思っています」と映画づくりへの思いを口にしていた。「違国日記」も、見た後は間違いなく気持ちが前向きになること請け合いだ。(藤井克郎)

 2024年6月7日(金)、全国公開。

©2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

瀬田なつき監督「違国日記」から。両親を亡くした朝(右、早瀬憩)は叔母の槙生(新垣結衣)が引き取るが…… ©2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

瀬田なつき監督「違国日記」から。槙生(右、新垣結衣)と朝(早瀬憩)の同居生活が始まる ©2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会