第237夜「一月の声に歓びを刻め」三島有紀子監督

 三島有紀子監督のことを知ったのは、産経新聞で札幌支局に赴任していたころだった。一人支局長として何でもかんでも取材に駆けずり回っていた中で、洞爺湖を舞台にした映画「しあわせのパン」(2012年)に行き当たった。このときは映画化を企画した札幌在住の鈴井亜由美プロデューサーにインタビューをしたが、洞爺湖周辺の風景や主演の原田知世と大泉洋のたたずまいがほっこりとした作品世界に見事に溶け合っていて、機会があれば三島監督にもお会いしたいと思っていた。

 念願かなって2015年、「繕い裁つ人」(2015年)のときに監督取材が実現したが、印象的だったのは、あらかじめ用意された脚本通りではなく、撮影現場で生じるものをできるだけ反映させたいと話していたことだ。誰よりも早く現場に到着し、その空間に立って自分で動いてみることで生まれてくる芝居がある。そういう突発的な部分を楽しんでもらえる人たちと一緒にやりたいな、と。

 このときは原作ものだったものの、「やっぱりオリジナリティーのある映画が残っていく、作られていく。そんな世の中であってほしいなという願いは強くあります」と語っていたが、その三島監督が自主映画の企画として始めた新作「一月の声に歓びを刻め」は、まさに現場の突発性にあふれたこれ以上ないオリジナルな作品に仕上がっていた。

 映画は3章の章立てで構成され、それぞれ北海道の洞爺湖に浮かぶ中島、伊豆諸島の八丈島、そして大阪市内の堂島と、3つの島が舞台になっている。それだけでも「三島」監督の個人的な思いが反映されているということがうかがい知れる。

 それぞれの物語に表面上の関連性はなく、第3章の堂島篇はモノクロで描かれるなど画調も色味もばらばらだが、いずれの主人公も心に深い傷を負っていて、被害者であるにもかかわらず罪の意識にさいなまれている。例えば第1章の中島篇のマキ(カルーセル麻紀)は、次女のれいこが6歳のときに性暴力を受けて殺されたという過去を持つ。今は性別適合手術を受けて洞爺湖のほとりに一人で暮らすが、「お父さん」として娘を助けてあげられなかった自責の念が消えることは決してない。

 このほか、かつて流刑の地だった八丈島で牛飼いをしている誠(哀川翔)は、交通事故に遭った妻の延命治療を止めるという重い決断を下したことがずっと心に残っているし、元恋人の葬儀のために堂島にやってきたれいこ(前田敦子)は、6歳のときに被害を受けた性暴力によって恋人と肌を合わせることができなかった。3つの物語が絶妙に共鳴し合って生きることの意味を深く問いかける構成は、自ら脚本も手がけた三島監督の覚悟のほどが伝わってきて重く心に響く。

 その思いに応えるかのように、罪びとを演じる3人が三者三様、とてつもない実在感で強烈に訴えかけてくる。中でも第1章のマキを演じたカルーセル麻紀は、こんなにも存在自体に重みがあるということに改めて気づかされた。テレビのバラエティー番組などでさんざん見てきた姿とは違う薄く化粧を施した表情は、「お父さん」ではあっても紛れもなく女だし、幼い娘を性暴行で失った過去から逃れられない悲しみを絶妙に表現する。撮影の山村卓也もよくぞこんな奇跡の瞬間を捉えたものだ。

 カメラワークで言えば、第3章の堂島篇も見逃すことができない。淀川の河川敷で前田敦子演じるれいこにレンタル彼氏を生業にするトト(坂東龍汰)が声をかけるシーン。すたすたと歩くれいこの周りをトトがまとわりついて言葉を交わす一連の動きを、カメラが先に行ったり2人に並んだりと自在に前後しながらワンショットの長回しで捉える。街中での2人の言い争いや、れいこが花をちぎるショットなども前衛的な見せ方で、現場主義の三島監督だからこそなせる神業だろう。

 9年前の取材で、三島監督は「それでも生きていく」をこれからのテーマにしたいと語っていた。「どんな状況であっても、それでも生きていくことが美しい、と信じたい。その手法としては、ファンタジーもあれば、リアルな世界を描く場合もあるでしょうけど」と話していたが、なるほど、こういう重層的な表現で「それでも生きていく」を芸術に昇華させるとは、いや、恐れ入りました。(藤井克郎)

 2024年2月9日(金)から東京・テアトル新宿など全国で公開。

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三島有紀子監督「一月の声に歓びを刻め」から。大阪・堂島にやってきたれいこ(前田敦子)は…… © bouquet garni films

三島有紀子監督「一月の声に歓びを刻め」から。洞爺湖のほとりで暮らすマキ(カルーセル麻紀)は、かつての悲しい思い出を引きずっていた © bouquet garni films

三島有紀子監督「一月の声に歓びを刻め」から。八丈島の誠(哀川翔)の心の傷とは…… © bouquet garni films