第236夜「ダム・マネー ウォール街を狙え!」クレイグ・ギレスピー監督

 日本映画では近ごろ、とんと見かけなくなってしまったが、世界的に見れば実話を基にした経済がらみの作品はかなり人気のジャンルのようだ。アメリカでは今もよく作られていて、近年も実在の株式ブローカーがモデルの「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年、マーティン・スコセッシ監督)や、サブプライム住宅ローン危機を題材にした「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(2015年、アダム・マッケイ監督)など、アカデミー賞をにぎわせたヒット作がいくつもある。確かに経済は人々の暮らしに切り離せないものだし、世間を騒がせた経済事件の裏の裏を知りたいというニーズはいっぱいあるに違いない。

 それにしてもアメリカはやることが早い。それに小難しい経済用語を用いながら、エンターテインメントとしてかなりの水準を追求してくる。「ダム・マネー ウォール街を狙え!」は、2021年とついこの間、全米を騒がせたばかりのニュースを基に、主立った人物や会社名を実名で登場させ、しかも「空売り」というあまりなじみのない証券取引を題材にしながらめちゃめちゃ面白い、という奇跡的な作品に仕上がっている。

 主人公はマサチューセッツ州のブロックトンという小都市に住むキース・ギル(ポール・ダノ)。愛妻(シャイリーン・ウッドリー)との間に娘が生まれたばかりの彼は、保険会社の金融アナリストとして働くかたわら、インターネットの電子掲示板を通じて相互コミュニケーションを図るフォーラムサイトの一つ「WallStreetBets」で、定期的に株式投資の動画を発信していた。赤い鉢巻きに猫のTシャツ姿で「ローリング・キティ」を名乗るキースは、そこそこのフォロワーを抱える人気配信者だったが、所詮は小口の一般投資家に過ぎない。

 そんなキースが全財産を懸けて推していたのが、ゲームストップというゲームソフトの店舗販売を手がけている会社の株式だった。オンライン事業に押されて同社の業績はどん底だったが、キースは独自の分析で過小評価されていると主張。株価は上昇するはずだとフォロワーに呼びかけていたが、低迷の理由は業績不振だけではなかった。大手ヘッジファンドらがしきりに空売りを仕掛けていたのだ。

 と筋書きを書いてはみたものの、金融もITもさっぱりの当方は、「空売り」も「フォーラム」も、それどころか「ヘッジファンド」や「電子掲示板」すらよくわかっていない。「空売り」とは、下がると見込んだ会社の株を先に売っておくという手法で、実際に下落した段階で買い戻すと、その差額が利益になる。株だけでなく、あらゆる商品は買って売るという順番が基本だと思っているから、「先に売る」というのがどうにも理解しづらいが、まあ先物取引みたいな感じなのだろうか。英語ではshort(ショート)といって、まさにそのショート=空売りをテーマにした映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転」では、主役のクリスチャン・ベールらが言葉を尽くして解説していたが、実はあまりピンと来なかった。

 ところがポール・ダノのしゃべりはそんなに説明っぽくないのに、何だかすとんと腑に落ちる。用語とか仕組みとか以上に、敵味方の色分けが明快で、動画のフォロワーたちが一丸となってキースを盛り立てていくという展開がすがすがしいせいかもしれない。

 映画は、キースの家族関係やヘッジファンドらの企みとともに、フォロワー一人一人の人生も描き出す。時代は2020年とコロナ禍の真っただ中。日々の業務で疲弊しているペンシルベニア州の看護師、ジェニー(アメリカ・フェレーラ)、上司から嫌味を言われるミシガン州のゲームストップ店員、マルコス(アンソニー・ラモス)、テキサスの大学に通う同性カップル、ハーモニー(タリア・ライダー)とリリ(マイハラ・ヘロルド)らごく普通の庶民が、キースの怒りに賛同してゲームストップ株を買い続ける。それぞれ懐疑的な友人や同僚などにたしなめられるもキースの言葉をとことん信じて、濡れ手で粟をつかもうとしている成り金ヘッジファンドどもに闘いを挑む。さて結末やいかに……。

 この辺り、株価のアップダウンとそれぞれの立場の一喜一憂がテンポよく交錯し、何とも小気味よい。こうしてずんずんドラマに引き込まれていくうちに、気がつけば投資やネットの最新知識もうっすらと身についているという思わぬ恩恵も得られた。

 この爽快な金融娯楽作をものしたのは、オーストラリア出身の50代、クレイグ・ギレスピー監督だ。あまりなじみのない名前かもしれないが、マーゴット・ロビー主演で実在のフィギュアスケーターの半生を描いた「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」(2017年)や、ディズニーアニメの伝説の悪役を主人公にエマ・ストーン主演で映画化した「クルエラ」(2021年)など、話題作を手がけている。

 当方としてはライアン・ゴズリングが主役を演じた「ラースと、その彼女」(2007年)が大のお気に入りで、いわゆるダッチワイフを題材に、穏やかで何とも心温まる人間愛の物語が紡がれる。今回の「ダム・マネー ウォール街を狙え!」も、コロナ禍でぎすぎすした人心にほっと一息つかせるような癒やし効果があるし、もっと評価されてしかるべき監督なんじゃないかなあ。(藤井克郎)

 2024年2月2日(金)、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。

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クレイグ・ギレスピー監督「ダム・マネー ウォール街を狙え!」から。人気動画を配信するキース(ポール・ダノ)は、倒産寸前の会社の株を勧めるが…… ©2023, BBP Antisocial, LLC. All rights reserved.

クレイグ・ギレスピー監督「ダム・マネー ウォール街を狙え!」から。キースの呼びかけに応じ、一般庶民が次々にどん底会社の株を買いまくる ©2023, BBP Antisocial, LLC. All rights reserved.