第227夜「ほかげ」塚本晋也監督

 NHKの連続テレビ小説「ブギウギ」から目が離せない。映画監督でもある足立紳脚本のせりふ回しは、皆まで言わせない絶妙な余白で想像を喚起させるし、大阪特有のボケとツッコミ、ミュージカル顔負けの豪華な歌とステージ、と見どころ満載なのだが、何と言っても俳優陣が芸達者ぞろいで、ちょっとしたしぐさにもぐいっと引き込まれる。中でも主役を演じる趣里の存在感は圧倒的だ。演技が巧みなのは以前から知っていたが、歌も踊りも超一流で、しかも10代の少女時代から徐々にスターになっていく過程をつぶさに表現していて、天賦の才と同時に相当な努力を積んだことをうかがわせる。

 そのすごみは、主演映画「ほかげ」でも目撃することができる。手がけたのは「鉄男」(1989年)で劇場デビュー以来、数々の作品が国際的に高い評価を受けてきた塚本晋也監督で、この新作も2023年のベネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品されるなど世界が注目している。「野火」(2014年)、「斬、」(2018年)に続いて、戦争をモチーフに今日の不安な時代性を鋭く問いかける作品になっていて、最小限の役者陣で決して乗り越えることのできない悲しみを織り上げた。

 舞台は戦後間もなくの闇市。焼け残った粗末な居酒屋で暮らす女(趣里)は、客に体を売ることを生業にしながら、空虚な日々を過ごしていた。そんな店に、家族を亡くした戦争孤児の少年(塚尾桜雅)が盗みに入る。やがて母親の面影を女に求める少年と、客として訪れた居酒屋に居着くようになった若い復員兵(河野宏紀)との3人で、家族のような生活を送ることになるが……。

 この前半部分は、戦争で全てを失った3人のやり場のない悲しみが交錯し、時にぶつかり合い、時に慰め合いながらも、でも決して癒えることはない心の傷が重くのしかかる。しかも場面はほとんどが女の居酒屋で、この狭い空間内の3人だけの芝居で悲劇性と虚無性を表現していることに驚かされる。

 と、後半は一転、孤児の少年が闇市で出会ったテキ屋の男(森山未來)から仕事をもらったと言って、寂しがる女を置いて店を出ていってしまう。男と向かった先は、大きな庭のある屋敷だった。そこはどこなのか、誰が住んでいるのか、といった謎解きの興味も含めて、さらに厳しい悲劇の後始末が描かれるのだが、ここでも森山という類まれな表現者を得て、個性あふれる塚本ワールドが展開される。

 驚くべきは、趣里も森山も河野も、そして少年を演じた塚尾も、本当に戦後の闇市に生きている人物としか思えないような風情を漂わせていることだ。古色蒼然とした粗い色調の画面で、絶望に打ちひしがれたあの時代の顔がクロースアップでさらされる。時代の背景や状況は何も説明されないものの、塚本監督一流の時代に向き合う真摯な姿勢と鋭い感性が反映されていて、ぐっと胸に迫ってくる。中でも子役の塚尾の射抜くような目力は強烈で、どんな境遇になっても生き抜いてみせるという強い意志を感じさせる一方、趣里演じる居酒屋の女に母性を見いだすまなざしの渇望感と言ったら、将来が末恐ろしい。

 塚本監督には2018年11月、「斬、」のときにインタビュー取材をしているが、「今は興味の対象が、時代が戦争に近づいていて怖いとか、次世代がどうなってしまうんだろうとか、そういう心配の方向に向いている」と、戦争をテーマにした作品が続くことへの思いを口にしていた。実際、戦争経験者は年々数が減っていて、「肉体の痛みで戦争を体験しなくなればなるほど、だんだん戦争に近づいていくという感じがする」と警鐘を鳴らしていたが、その肌感覚の欠如を補って余りあるのが表現豊かな名優の存在だということを、この「ほかげ」を見て、そして朝ドラの「ブギウギ」を見るにつけ得心した。(藤井克郎)

 2023年11月25日(土)から東京・渋谷のユーロスペースなど全国で順次公開。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

塚本晋也監督作「ほかげ」から。戦争孤児の少年(塚尾桜雅)は居酒屋に居着くようになるが…… ©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

塚本晋也監督作「ほかげ」から。戦争孤児の少年(左、塚尾桜雅)は、居酒屋の女(趣里)に母の面影を重ねる ©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER