第192夜「ベネデッタ」ポール・ヴァーホーヴェン監督

 ポール・ヴァーホーヴェンという人はただものではないというか、ホント毎度毎度、何かやらかしてくれる監督だ。「ロボコップ」(1987年)、「トータル・リコール」(1990年)でSF映画ファンのハートをつかんだのに、「氷の微笑」(1992年)では主演のシャロン・ストーンをセックスシンボルに祭り上げ、続く「ショーガール」(1995年)ではさんざんな悪評を獲得。最低映画を選出するゴールデンラズベリー賞を7部門で受賞すると、史上初めて監督自らが授賞式にのこのこ出かけていってスピーチまでするというおちゃめぶりだ。高い評価の「スターシップ・トゥルーパーズ」(1997年)だって巨大な虫が人間を食いつくす映画だったし、フランスで撮った前作の「エル ELLE」(2016年)もレイプを題材にかなり際どいところを突いていて、相変わらずだなとうれしくなった。

 で、今度の「ベネデッタ」だけど、いやあ、攻める攻める。1938年生まれだから今年85歳になるわけだが、枯れるどころかたっぷりのみずみずしさで、きわっきわのすれっすれを狙ってくる。数々の修羅場を潜り抜けて、もう怖いものはないという感じだね。

 物語は17世紀にイタリア・トスカーナ地方のペシアで起きた実話を基にしている。6歳のときに両親に連れられて修道院にやってきたベネデッタは、幼いころから聖母マリアと対話をし、奇跡を起こす少女とされてきた。成長し、修行に明け暮れていたベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)はある日、家族から逃れてきた若い女性のバルトロメア(ダフネ・パタキア)を助け、修道院にかくまう。キリストの痛みと同化し、毎晩のようにうなされるベネデッタに、修道院長のフェリシタ(シャーロット・ランプリング)は、バルトロメアを同室にして、身の回りの世話をさせることにするが……。

 と、とにかくこの聖女とあがめられるベネデッタの描写がぶっ飛んでいる。聖母マリアのお告げを受け、キリストと一体化するというだけでもちょっとびっくりなのに、同室のバルトロメアとは互いにひかれ合い、離れられない仲になるのだ。キリスト教のことはよく知らないが、この時代、同性愛は許されるものではなかっただろうし、実際、映画の中でもフェリシタによって2人の関係が暴かれ、ついには火刑に処せられることになる。

 果たして奇跡は起こるのか、というのがこの作品の肝だが、修道院が舞台の史実を基にした映画で、こんなに奔放な性描写を登場させるとは、さすがは百戦錬磨のヴァーホーヴェン監督だ。しかもベネデッタが幼いころから大切にしていた木彫りのマリア像をあんなことに使うなんて、敬虔なキリスト教信者は卒倒するのではないだろうか。

 もう一つ、恐らく史実通りなんだろうけど、この時代、ちまたではペストが大流行していた。トスカーナ地方の中心都市、フィレンツェはペストに感染した人々であふれ、街は惨憺たる状況なのだが、ペシアだけは聖女ベネデッタのおかげで一人の感染者も出ていない。ベネデッタを葬り去ろうとする教皇大使らの動きに対して、ペシアの人々は抗議の声を上げるのだが、ペスト禍によってあらわになった差別意識、自己中心主義はコロナ禍にあえぐ現在にも通じるものがあるし、ラストの群衆シーンは、近年の香港やミャンマーなどでの民主化デモを彷彿とさせる。決して古びた歴史ものの域にとどまっていないんだよね。

 前作の「エル ELLE」のとき、主役を演じたイザベル・ユペールに来日インタビュー取材をしているが、そのときにヴァーホーヴェン監督について尋ねたところ、「演出が俳優に寄り添っていて、ある種の錬金術だった」と褒めたたえていた。「役について監督と話し合いをしたことは一切なく、すべて自由に演じることができた」と証言してくれたが、それでこんなにも監督の個性全開の作品を次々と生み出してくるなんて、やっぱりただものではないじいさんだ。(藤井克郎)

 2023年2月17日(金)から東京・新宿武蔵野館など全国で順次公開。

© 2020 SBS PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – FRANCE 3 CINÉMA

ポール・ヴァーホーヴェン監督のフランス、オランダ合作「ベネデッタ」から。修道院で出家生活を送るベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)は数々の奇跡を起こす © 2020 SBS PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – FRANCE 3 CINÉMA

ポール・ヴァーホーヴェン監督のフランス、オランダ合作「ベネデッタ」から。ベネデッタ(右、ヴィルジニー・エフィラ)とバルトロメア(ダフネ・パタキア)は互いにひかれ合う © 2020 SBS PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – FRANCE 3 CINÉMA