第164夜 「島守の塔」五十嵐匠監督

 そう言えば、以前は洋画に負けず劣らず、日本映画でも戦争を描いた作品がもっと頻繁に作られていたような気がする。今でも夏になると先の大戦をテーマにした映画が上映されはするものの、どちらかというとドキュメンタリーが中心で、娯楽に徹した大作はあまり見かけなくなった。予算を食う割には、それほど動員に結びつかないからだろうか。

 だが戦争の悲惨さを忘れないためにも、映画で伝え続けることは意義がある。ヨーロッパでは今もホロコーストをテーマにした作品が定期的に作られていて、決してあのような蛮行を繰り返してはいけないという映画人の強い決意が感じられる。それでもウクライナ侵攻のような脅威が現実に起こるわけで、人間の業とはいかんともしがたいもんだね。

「島守の塔」は、大戦末期の沖縄を舞台にした作品だ。沖縄戦の悲劇を描いた映画と言うと「ひめゆりの塔」(1953年、今井正監督)をはじめ過去にもたくさんあって、想像を絶する戦闘が繰り広げられたことは理解しているつもりだ。そのリアリティーを映像で再現するというのは、並大抵のことではないだろう。

 この映画は、恐らくそれほど予算が潤沢にあったわけではないことは、画面の端々から容易に想像できる。さまざまな制約のある中で、いかに戦争の無意味さ、悲しみの深さを表現するか。その点に関しては、五十嵐匠監督以下、スタッフ、キャストともかなり奮闘したと言えるのではないか。

 主人公は、戦中最後の沖縄県知事を務めた島田叡(あきら)なる人物だ。戦前の各府県知事は現在のような公選制ではなく官選で、内務省の官僚が国から辞令を受けて派遣されていた。

 大阪府内政部長だった島田(萩原聖人)は1945年1月、すでに戦火が激しくなっていた沖縄県知事に任命される。家族らが反対する中、「自分が行かなかったら、誰かが行くことになる」と即断で単身、沖縄に渡った。島田は新しい赴任地で、沖縄県警察部長の荒井退造(村上淳)とともに県民の命を守るべく奔走するが、軍からは無謀な命令ばかりが下される。

 物語は、この2人の実在の人物に、島田知事の世話役を務める県職員の比嘉凛(吉岡里帆)と女学生の比嘉由紀(池間夏海)姉妹ら架空の人物が絡み、沖縄戦の実態を深く掘り下げていく。軍国教育を受け、米軍の捕虜になるくらいなら自決すると息巻く凛に対し、島田は命を大切にするように諭す。生き抜いて平和な世の中を作ってくれ、と希望を託すのだ。

 実際、島田知事は1人でも多くの県民に生き延びてほしいと考えて、荒井部長とともに県民の避難に尽力した。その実像は2021年に公開されたドキュメンタリー映画「生きろ 島田叡-戦中最後の沖縄県知事」(佐古忠彦監督)に詳しいが、知事に任命されるほどの内務官僚が戦争中、人々に「生きろ」と呼びかけていたという事実には驚くばかりだ。

 だがそんな驚愕の実話も、戦争場面に説得力がなければ心に響かない。五十嵐監督は見る側の想像力を喚起させるさまざまな工夫を施して、制約を克服していく。

 例えば比嘉姉妹が最初に米軍機の攻撃を受ける場面。通りを人々が行き交うショットの次の瞬間、恐怖に引きつった姉妹の表情に機銃掃射の音と悲鳴がかぶさり、通りに戻るとさっきまでにこやかに談笑していた人々が血を流して倒れている。地獄絵図を見せられなくても、彼女たちの悲しみ、怒りは痛いほど伝わってくる。

 だが戦闘が激しくなるにつれ、表現はどんどんエスカレートしてくる。妹の由紀が駆り出された野戦病院の暗く湿っぽい肌触り。姉の凛が一人さまよい歩く熱帯雨林の孤独感。時にはアップで、時にはロングで、とカメラワークを切り替えながら、果てしない絶望を活写する。撮影で映しきれない部分は当時のニュース映像を絡めて、それもモノクロからカラーへグラデーションを効かせて違和感なくドラマ部分に導く手法はなかなかのものだ。まるで戦場に放り込まれたかのような緊迫感に包まれ、VFXなんか駆使しなくても戦争の悲惨さは表現できることを証明している。

 それに何よりも切迫感をもたらしているのが、俳優陣のリアルな存在感だ。若い吉岡や池間はもちろん、すでにベテランの域とは言え、萩原や村上も戦争の実体は想像するしかないが、恐怖や怒り、悲しみといった表情の臨場感が素晴らしい。さすが、戦場カメラマンの人生を取り上げたドキュメンタリー「SAWADA 青森からベトナムへ ピュリッツァー賞カメラマン沢田教一の生と死」(1997年)や、やはり戦場に散った写真家、一ノ瀬泰造が主人公の映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」(1999年)を手がけた五十嵐監督だけのことはある。

 五十嵐監督はほかにも、陶芸家、板谷波山の「HAZAN」(2004年)や、日本画家、田中一村の「アダン」(2006年)など、実在の人物に迫る伝記映画を数多く撮っている。二宮尊徳の生き方を追った「二宮金次郎」(2018年)のとき、インタビュー取材をしたことがあるが、「僕は自分をイタコだと思っている。亡くなった人が今の世の中に何か言いたいことがあって、僕に降りてくるんです」と話していた。まさに今こそ、島田叡が残そうとした言葉に耳を傾けるべきときなのかもしれない。(藤井克郎)

 2022年7月22日(金)、シネスイッチ銀座など全国順次公開。

©2022 映画「島守の塔」製作委員会

五十嵐匠監督作品「島守の塔」から。沖縄県知事の島田叡(中央、萩原聖人)と警察部長の荒井退造(右、村上淳)は、何とか県民の命を救おうと尽力するが…… ©2022 映画「島守の塔」製作委員会

五十嵐匠監督作品「島守の塔」から。沖縄県知事の島田叡(右、萩原聖人)は、凛(吉岡里帆)に「生き抜け」と諭す ©2022 映画「島守の塔」製作委員会