第155夜「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」チャン・イーモウ監督

 チャン・イーモウ(张艺谋)監督と言えば、今年2022年の北京冬季オリンピック、パラリンピックで開会式、閉会式の演出を手がけたことが記憶に新しいが、2008年の北京夏季オリンピックでも開閉会式の総監督を務めている。中国にはほかにも世界に名立たる監督がいっぱいいるはずなのに、どれだけ酷使されるんだとも思うが、心に染みる人間ドラマから派手なアクション大作まで幅広くこなし、世界中で大ヒットを記録した「HERO」(2002年)をはじめ、高倉健主演の日中合作「単騎、千里を走る。」(2005年)にマット・デイモンが主役を演じた「グレートウォール」(2016年)など、国際的にもさんざっぱら場数を踏んでいる。世界的な大イベントを華やかに盛り上げるにはうってつけなのかもしれないね。

 だが何と言ってもチャン監督の真骨頂は、中国の大地に息づく庶民の素朴な思いを描いた作品ではないだろうか。ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞に輝いた監督第1作「紅いコーリャン」(1987年)に始まり、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「秋菊の物語」(1992年)、同じくベネチア金獅子賞の「あの子を探して」(1999年)、チャン・ツィイー(章子怡)のデビュー作でベルリンの銀熊賞(審査員グランプリ)受賞作「初恋のきた道」(1999年)と、いずれも茫漠たる風景の中で必死に生きる人々の純朴な姿が強く印象に残っている。

 新作の「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」も、それらに連なる極めて滋味深い作品になっている。舞台は1969年の中国西北部。どこまでも続く砂漠の丘を、ぼろぼろの人民服を身にまとった男がさまよい歩く場面から始まるが、まずこの光景の美しさに目を奪われる。さすがチャン監督、老齢の域に入ってもみずみずしい映像センスは衰えない。

 やがて小さな村にたどり着いた男(チャン・イー/张译)は、みすぼらしい身なりの少女(リウ・ハオツン/刘浩存)がバイクから映画のフィルム缶1巻を盗み出すのを目撃する。バイクは、隣の村で映画を上映するためにフィルムを運ぶ途中だった。男はバイクとは何の関係もないが、少女からそのフィルム缶を奪い返して、ちゃんと上映館に届けようとする。かくして隣村までの砂漠の道中、1巻のフィルムを巡って男と少女が激しい争奪戦を繰り広げる。

 一体なぜ、男はこんなにもフィルムにこだわるのか。少女がフィルム缶を盗もうとするのは何のためなのか。そんな謎が、砂ぼこりと暑苦しい空気感の中で、徐々に解き明かされていく。実は男が見たいのは映画本編ではなく、本編前に上映されるニュース映像で、そこには自分の娘が映っているはずだった。わずか1秒、フィルムのコマ数で言うとたった24フレームの中に、男にとっては命よりも大切なものが映り込んでいる。

 そう、この作品にはフィルム時代の映画の神髄とも言うべき思いが込められている。映画はこの時代に生きる人々にとっては、かけがえのないものだった。だからフィルムが砂まみれになったら村人総出できれいに洗うし、上映が始まったら会場に入りきらないほどの人がわんさか押しかける。映画は彼らの唯一の娯楽であり、生きる糧であり、生活そのものだった。断じて不要不急のものではなかった。

 オリンピックの式典も請け負うとは言え、チャン監督の原点はあくまでも映画だということが、上映場面の丁寧な描写からも見て取れる。みんなで洗ってきちんと乾かしたフィルムを、映画館主が実にいとおしそうに映写機にかけて、場内の電気を落とす。カタカタカタというコマ送りの音とともに、傷だらけの映像がスクリーンに映し出されると、舞台の裏側にまで詰めかけた観客が目を輝かせる。映写という行為に対するこの上ない敬意が感じられて、ああ、本当にこの監督は映画が好きなんだなということが伝わってくる。

 チャン監督には2015年の2月、「妻への家路」(2014年)のときに、一度だけインタビュー取材をしたことがある。映画の力について尋ねると、ちょうど亡くなったばかりの高倉健を引き合いに、映画は相互理解につながることを強調。「高倉さんの訃報は中国でもトップニュースで報じ、何億人もの人がその死を悼んだ。それくらいみんな高倉さんの映画を愛していた。映画には、政治や民族の違いを乗り越える力が確かにあるんです」と、きな臭くなっていた日中関係を念頭に熱く語ってくれた。

 まるで接点のない文化大革命時代の中国の辺境の地の物語がこんなにも胸を熱くするのも、映画の力であることは間違いない。(藤井克郎)

 2022年5月20日(金)、TOHOシネマズシャンテなど全国で公開。

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チャン・イーモウ監督作品「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」から。1巻のフィルム缶を巡って、男(左、チャン・イー)と少女(リウ・ハオツン)は争奪戦を繰り広げる © Huanxi Media Group Limited

チャン・イーモウ監督作品「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」から。映画の上映会には大勢の庶民が詰めかけた © Huanxi Media Group Limited