第138夜「クライ・マッチョ」クリント・イーストウッド監督
もう映画をシニア料金で鑑賞できる年齢になってしまったが、テレビシリーズの「ローハイド」(1959~65)はリアルタイムで見ていないし、「続・夕陽のガンマン」(1966年、セルジオ・レオーネ監督)や「ダーティハリー」(1971年、ドン・シーゲル監督)にわくわくしたのは、大人になってからテレビ放映やビデオでだった。そんな伝説のスーパースターが、いまだに自らの監督で新作に出演してわくわくさせてくれるのだから、クリント・イーストウッドという人には恐れ入ったとしか言いようがない。
今回の「クライ・マッチョ」での役どころは、ロデオ界のスターだった元カウボーイ。テキサス州に住むマイクは、落馬事故で第一線を退いたものの、心は今もマッチョ=強い男のままだ。そんなある日、元の雇い主のハワード(ドワイト・ヨーカム)から、メキシコにいる息子のラフォ(エドゥアルド・ミネット)を連れ戻してほしいと依頼される。13歳のラフォは、ハワードの別れた妻が連れていって軟禁しているというのだが、勝手に引き離すことは、向こうにとっては誘拐だ。ハワードに恩義を感じているマイクは、一人でおんぼろ車を駆って国境を越えるが……。
マッチョを気取るラフォと、彼を無理やりにでもテキサスに連れ戻そうとするマイクとの2人のやりとりが映画の主眼となるが、緊迫感のある展開と殺伐とした荒野の風景にもかかわらず、どこか温もりのある空気感が漂う。片や御年91歳のイーストウッドと、こなたひ孫くらいの年齢のミネットのコンビネーションが、その辺りの緊張と緩和のバランスを程よく保っていて、どきどきしながらも安心して楽しんでいられる。
何より、2人が逃走途中に立ち寄る小さな村の場面がいい。腕利きのカウボーイだったマイクは、自分でも「ドリトル先生か」と言っているように、馬だけでなくどんな動物も悪いところを治してしまうし、ラフォが闘鶏用にかわいがっているニワトリのマッチョもいつの間にか手なずけている。かと言って決して好々爺という印象ではなく、たたずまいだけで殺気を感じさせるんだよね。老いたとは言え、さすがは西部劇やアクションものでさんざん暴れてきたイーストウッドだけのことはある。
一方のラフォも、母親が「手のつけられない悪ガキ」などと言っている割には、どことなくいい子っぽさがにじみ出ている。せりふでもやたら「マッチョ」が強調されるんだけど、本当の強さとは、虚勢を張って強そうに見せることじゃない。誰に対しても、たとえ動物に対しても、愛情を持って優しく接するということなんじゃないか。そんなことをイーストウッド監督としては言いたかったのかもしれないね。
初監督の「恐怖のメロディ」(1971年)から50年、これが40本目の監督作品になるらしい。多作ぶりもさることながら、どの作品も胸にグサッと突き刺さる深みのある映画ばかりというのが驚きだ。ただどんな巨匠も最晩年は枯れた味わいになる傾向があって、確かにこの「クライ・マッチョ」も、「ミスティック・リバー」(2003年)や「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)のときのひりひりするような心のざわつきはもたらさないかもしれない。
でもこんな語り口で本当の強さを描けるのは、これまでに積み重ねた幅広い作品群があったからこそであり、やっぱり90代の今のイーストウッドだから表現できた唯一無二の映画なんだろうね。枯渇することのない想像力と、活力を振り絞っての演技に触れて、その3分の2しか生きていない身としては、まだまだ人生これからだと大いに勇気をもらった。(藤井克郎)
2022年1月14日(金)、全国公開。
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クリント・イーストウッド監督作品「クライ・マッチョ」から。マイク(左、クリント・イーストウッド)はメキシコからラフォ(エドゥアルド・ミネット)を連れ戻す使命を請け負うが…… © 2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
クリント・イーストウッド監督作品「クライ・マッチョ」から。元カウボーイのマイク(クリント・イーストウッド)は動物にも人間にもありったけの愛情を注ぐ © 2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved