第136夜 「エッシャー通りの赤いポスト」園子温監督

 ついこの10月にハリウッド進出作の「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」が劇場公開されたばかりの園子温監督だが、今度はまた何とも手づくり感にあふれた対照的な作品がやってくる。撮影はこっちの「エッシャー通りの赤いポスト」の方が先だったようだけど、俳優のワークショップに集まった51人全員を起用して、みんなで映画づくりの楽しさを体現しているのがひしひしと伝わってくるんだよね。それでいて映画表現の可能性をとことんまで追求する園監督ならではの創意工夫も目いっぱい盛り込まれていて、重苦しい閉塞感に覆われたこの1年を締めくくるのに、こんなにふさわしい映画はないかもしれない。

 鬼才と言われる小林監督が新作映画を撮ることになり、出演者を広く募集することになった。オーディションに集まってきたのは、いずれも一癖も二癖もある超個性派ばかり。浴衣姿の女の子たちはジェンダーレスなお芝居に励む劇団員だし、小林監督のファンで構成される「小林監督心中クラブ」の白ずくめ集団もいる。役者志望の夫を亡くした切子は母親と義父が一緒についてきて、父親と2人で暮らす安子は何だか妙に殺気立っている。誰を主役級に抜擢するか頭を悩ませる小林監督に的確なアドバイスをくれるのは、監督が思いを寄せる方子だ。だがオーディションも無事に終わり、ようやく構想が固まりつつある中、エグゼクティブプロデューサーからとんでもない横やりが入る。果たして映画は無事に撮影まで漕ぎつけるのか。

 このオーディションの風景を中心に、それぞれの人物のバックグラウンドをなぞりながら、クライマックスの映画撮影場面へとなだれ込んでいくのだが、驚くのは51人もいるのに、その一人一人のキャラクターがきっちりと描かれていることだ。オーディションを受けにくる役者志望の役だけでなく、スタッフの役、エキストラの役、オーディション会場前の道路工事の警備員役と実にバラエティーに富んでいて、その誰しもに何らかのドラマがある。しかも役柄同様に個性的な人が多く、決して混乱することなく明確に各人が認識できるというのが素晴らしい。

 そんな中から徐々に浮かび上がってくるのが、安子役の藤丸千と切子役の黒河内りく、方子役のモーガン茉愛羅の3人だ。いずれもワークショップに参加した無名の存在だが、画面に映し出されるたびにどんどん魅力が増していくんだよね。小林監督役の山岡竜弘や助監督役の小西貴大ら男性陣も熱演なんだけど、さすがは吉高由里子や満島ひかり、二階堂ふみ、といった今を時めく女優を新人時代に輝かせた園監督だけのことはある。

 オーディションの風景にしても、演技経験の乏しいワークショップ参加者たちに、よくぞあれだけの長いせりふを、カットを割らずにしゃべらせたもんだと感心したが、最大の見せ場がほぼ全員が一堂に会する映画撮影の場面だ。商店街に大勢のエキストラが集まってごった返す中、主役級が演技するのを手持ちカメラで移動撮影する長回しのシーンを、やはり長回しで撮影する。うーん、ちょっとややこしい。

 とまあ、恐らく現場では誰が演技者で誰が本物のスタッフかわからないようなカオスが生み出されていたんじゃないかなと推察されるんだけど、そのカオスもそのまま映り込んでいるんだよね。かと言って決して不快というわけではなく、映画を撮ることの喜びが画面の隅々から発散されていて、これぞ映画づくりの原点じゃないのかと思わされた。自由に生きろ、というのが作品のテーマでもあるし、ワークショップの参加者も、彼らの中にすーっと溶け込んでいる吹越満や渡辺哲、藤田朋子といったベテラン陣も、みんなそれぞれ自由に振る舞っていて、でもそこに園監督流の一本筋の通った表現が貫かれている。コロナ禍の前に撮影されたとは言え、まさに現在の日本を覆う言いようのない息苦しさを吹き飛ばすような園監督なりの応援歌になっていて、ぞわっとするほど心に響いてきたというのが正直なところだ。

 それにまた背景のたたずまいがいいんだよね。監督とのゆかりも深い愛知県豊橋市でロケをしたらしいんだけど、道端を小川がちょろちょろ流れている路地や、夕日をバックに2階建ての古めかしい集合住宅が立ち並ぶ光景、それにかつてはどこの街にも見受けられた懐かしい味わいの商店街と、ため息の出るようなフォトジェニックな景色が映し出される。東京・渋谷のスクランブル交差点など、園監督ウォッチャーならどきっとなりそうな原点に触れる描写もいっぱいで、でも過去作品を全く見たことがなくても十分に楽しめること間違いなし。うん、何だか元気が出てきたぞ。(藤井克郎)

 2021年12月25日(土)から渋谷・ユーロスペースなど全国で順次公開。

©2021「エッシャー通りの赤いポスト」製作委員会

園子温監督作品「エッシャー通りの赤いポスト」から。ワークショップに参加した51人の総出演で映画づくりの原点に触れる ©2021「エッシャー通りの赤いポスト」製作委員会

園子温監督作品「エッシャー通りの赤いポスト」から。オーディションに参加した安子(左、藤丸千)と切子(黒河内りく)は…… ©2021「エッシャー通りの赤いポスト」製作委員会