第135夜 「偶然と想像」濱口竜介監督

 今年2021年の日本映画界を代表する人物と言えば、濱口竜介監督で決まりだろう。2月のベルリン国際映画祭で短編集の「偶然と想像」が銀熊賞の審査員グランプリに輝いたかと思ったら、7月に延期されたカンヌ国際映画祭では、村上春樹の原作を映画化した「ドライブ・マイ・カー」が脚本賞など4冠を獲得。8月に全国公開されると大いに評判を呼び、再上映なり続映なりでいまだに多くの劇場でかかっているほか、アカデミー賞の前哨戦と言われるゴールデングローブ賞にノミネートされたり、米ローリングストーン誌が選ぶ年間ベストムービーの第1位になったり、次々とニュースが飛び込んできている。昨年は深田晃司監督とともに「ミニシアター・エイド基金」を発足させたが、コロナ禍であえぐ全国の映画館への支援は継続して注力していて、今後の動向から目が離せない映画人の筆頭格と言えよう。

 そこへ持ってきて、いよいよ「偶然と想像」が満を持して劇場公開される。これがまた「ドライブ・マイ・カー」に負けず劣らず、というかむしろ凌駕すると言ってもいいくらい素晴らしい作品で、濱口監督の幅の広さに改めて感じ入った次第だ。

 作品は3編の短編からなる。短編と言っても3本で121分の上映時間だから、それぞれそこそこの長さはある。各話のストーリーに関連性はないものの、いずれもほぼ1対1の会話で成り立っているというのが共通項だ。

 会話中心の短編なんて、と侮るなかれ。これが3編とも思いっきり刺激的で、しかも映像的にも非常にふくよかな世界が広がっていた。

 例えば第1話は序盤、タクシーの車内におけるモデルの芽衣子(古川琴音)とヘアメイクのつぐみ(玄理)の会話が長々と続く。つぐみが最近知り合ったという男性のことをのろけて話すのを、芽衣子は相づちを打って聞いているのだが、芽衣子役の古川の表情だけで、これは何かあるぞ、というのが微妙に伝わってくる。そしてつぐみが先に降りた後、芽衣子が向かった先で予想外の会話が待っているのだが、いやあ、してやられたな、というのが正直な感想だ。この第1話のタイトルは「魔法(よりもっと不確か)」なのだが、映画を見ているこちらが魔法にかけられたといった感じなんだよね。

 続く第2話「扉は開けたままで」は、単位を落とされた学生(甲斐翔真)が教授(渋川清彦)に復讐しようと仕掛けるネタが見せ場となっていて、堅物の教授が堅物のまま想像もつかない会話になっていくさまがおかしい。第3話の「もう一度」も、高校の同窓会で帰省した女性(占部房子)が、パーティーでは会えなかった親友と偶然に出会い、でもやっぱり最後は想定外の会話となる。いずれも映画やドラマでありがちなストーリーのはるか斜め上をいく展開で、よくぞ3編もこんな面白い話をそろえたもんだなあと感心する。

 しかも演じる役者がまたみんな達者なんだよね。第2話の渋川清彦と学生役の森郁月の会話なんて棒読みのようなよそよそしさなんだけど、内容はどんどんどんどん濃くなっていく。それをノーカットの長回しでこれでもかと見せるのだが、このせりふのニュアンスは、そして2人の表情は、いったいどういう感性で生まれてくるのだろう。場面は教授室の中で全く変わらないんだけど、めちゃめちゃエキサイティングでどきどきしっぱなしだった。

 同じような興奮は、第1話の古川琴音と中島歩、第3話の占部房子と河井青葉の会話でも感じられるし、特に第3話なんて、仙台駅前の歩道橋の上で、後ろを車も人もばんばん通っている中、延々と会話を交わすんだもんね。これを長回しのワンカットでとらえる撮影の飯岡幸子も、突然のズームアップや何とも意味ありげなパンといったやはり意外性のあるカメラワークを駆使して、心中穏やかならざる複雑な思いに拍車をかける。まさにスタッフも出演者も、そして観客までもが、濱口監督の豊かな想像の世界に偶然にもはまり込んでしまったかのようだ。

 濱口監督には2015年、上映時間が5時間17分の「ハッピーアワー」のときにインタビュー取材をしているが、当時からすでにロカルノ国際映画祭をはじめ世界の名だたる映画祭で高い評価を得ていた。

 そのときのインタビューで濱口監督は、影響を受けた映画としてジョン・カサヴェテス監督の作品を挙げ、他に類を見ないすごい映画だと認めつつ、「これはすごい映画だ、というものが簡単に作られているわけでは決してないということがわかってきた」と語っていた。やはり唯一無二のすごい映画である「偶然と想像」も、そんな生みの苦しみの末に作られたのかと思うと、実に感慨深い。(藤井克郎)

 2021年12月17日(金)、Bunkamuraル・シネマなど全国で公開。

© 2021 NEOPA / Fictive

濱口竜介監督の短編集「偶然と想像」から、第1話「魔法(よりもっと不確か)」の古川琴音(左)と中島歩 © 2021 NEOPA / Fictive

濱口竜介監督の短編集「偶然と想像」から、第3話「もう一度」の占部房子(左)と河井青葉 © 2021 NEOPA / Fictive