第132夜 「ディア・エヴァン・ハンセン」スティーヴン・チョボスキー監督

 一口にミュージカル映画と言ってもいろんなタイプの作品がある。ブロードウェイやウエストエンドの舞台の映画化もあれば、映画オリジナルで作られたものもあるし、歌だけで全くせりふがなかったり、歌よりもダンスに主眼が置かれていたりと、まあ千差万別、作品の数だけ特色があると言っていいかもしれない。ただ個人的に思うのは、どのミュージカルも見ている(聴いている)と浮き浮きしてきて、すっきりと幸せな気分で劇場を後にできるということだ。

「ディア・エヴァン・ハンセン」は、ブロードウェイで大ヒットした話題作を映画化した作品らしい。初演は2016年という舞台版はもちろん見ていないし、米演劇界最高栄誉のトニー賞を作品賞など6部門で受賞したほか、音楽界のグラミー賞、テレビ界のエミー賞にも輝いていることも知らなかった。音楽を手がけたのが、わが方も大好きな映画「ラ・ラ・ランド」(2016年、デミアン・チャゼル監督)の作詞作曲コンビで、その映画化となると期待は否が応でも高まるというものだ。

 で、見終わっての感想としては、浮き浮きした気分というよりは、どっちかと言うとずしんと重く心に響いたという思いが強い。ミュージカル映画の新たな可能性に触れた一方で、このジャンルが宿命的に抱えるジレンマも感じたというのが正直なところか。

 主人公のエヴァン・ハンセンは心に不安を抱える高校生で、親しい友人もいなければ、シングルマザーの母親は仕事で留守がちと孤独の影を引きずっている。セラピストから自分あての手紙を書くよう課題を出され、ひそかに思いを寄せるゾーイのことを記した文章を学校でしたためていると、ゾーイの兄ですぐにかっとなるコナーに見つかって取り上げられてしまう。ネットで拡散されないかと恐怖におののくエヴァンだが、そんな中、コナーが自ら命を絶ったという知らせが届く。

 コナーもまた孤立無援の存在で、仲のよい友人など一人もいなかったが、死んだときに1通の手紙を携えていた。その文面が「ディア・エヴァン・ハンセン(親愛なるエヴァン・ハンセンへ)」で始まることから、コナーの両親は息子が親友のエヴァンにあてて書いたものと思い込み、生前のコナーのことを語ってほしいとエヴァンに頼み込む。本当のことを言い出せないまま徐々に事態は大きくなって……、というのが大まかなあらすじだ。

 今日的な社会性のある題材を取り上げたミュージカルは、ブロードウェイで大ヒットした舞台を映画化した「RENT/レント」(2005年、クリス・コロンバス監督)などもあって、特に目新しいわけではない。ただこの「ディア・エヴァン・ハンセン」の場合、ネット社会で情報があふれ返る中、うまく適応できない若者たちの苦悩という、今まさに世界中で問題になっているテーマを背景にしていて、その点ではものすごく新鮮であることは確かだ。

 その上で、ミュージカル映画の新たな可能性であり、宿命的なジレンマでもあると感じたのは、映画ならではのリアリティーをとことん追求している点だ。舞台ならばいくら装置を精巧に作ったとしてもあくまでもお芝居の世界だとわかる。

 ところがこの映画化でスティーヴン・チョボスキー監督が試みたのは、学校も家の中もリアルな実景で、先生も生徒も普通の映画と同様、背景の一部として自然な動きをしている中、1人エヴァンだけが歌を歌っているという演出だ。ファンタジー性を求めるなら、周りの級友たちもエヴァンと一緒にコーラスをつけるか踊り出しそうなものなのに、エヴァンは普段通りに振る舞う大勢の生徒たちの合間を縫うように歩きながら、たった1人だけで歌い続ける。歌のシーンはすべてがこんな調子で、だから唐突感は否めない。美術セットやカメラワークでリアルな世界を表現しているだけに、余計に歌が浮いて感じてしまう。

 でもそれもすべてチョボスキー監督の狙いかもしれないんだよね。エヴァンもコナーも親友と呼べる仲間はおらず、でもコナーの死後、その2人が親友だったという嘘が拡散される。エヴァンは一躍、学校内どころかネット社会でももてはやされ、片思いのゾーイからも好意を持たれることになる。でもこの幸せは不安と裏返しのものであり、その矛盾を巧みに表現しているのがリアルな中で孤立した歌なのだ。あえてこういう演出をしているのかと思うと、さすがは映画版「RENT/レント」の脚本を務めたチョボスキー監督だけのことはある。

 受け止める出演陣は、舞台版でも主役のエヴァンを演じてトニー賞の主演男優賞に輝いたベン・プラットをはじめ、若い役者たちが見事な歌と芝居を披露する。そんな若手をジュリアン・ムーアやエイミー・アダムスといった映画界の芸達者たちが支えるという布陣が、また映画ならではの魅力をもたらす。中でもディズニーのパロディーミュージカル映画の「魔法にかけられて」(2007年、ケヴィン・リマ監督)でどたばた歌っていたアダムスが、コナーの母親役で脇を固めているなんてうれしい限りだ。

「RENT/レント」は、映画版公開後の2006年11月、来日公演を行ったブロードウェイ版の舞台を新宿の東京厚生年金会館に見にいって、映画で受けた感動をさらに膨らませた思い出がある。「ディア・エヴァン・ハンセン」も、ぜひ舞台版を観劇して、映画との違いを楽しんでみたいものだ。(藤井克郎)

 2021年11月26日(金)、全国公開。

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アメリカ映画「ディア・エヴァン・ハンセン」から。エヴァン(右、ベン・プラット)とコナー(コルトン・ライアン)は特に仲良くもなかったが…… © 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.