第129夜 「リスペクト」リーズル・トミー監督

 今年2021年7月のPeter Barakan’s Music Film Festivalで公開されたドキュメンタリー映画「BILLIE ビリー」(2019年、ジェームズ・エルスキン監督)の中で、米ポップス界の大御所、トニー・ベネットが興味深い言葉を発していた。いわく、「女性の名シンガーはなぜか不幸な人生を送る」と。確かにあの作品が取り上げたビリー・ホリデイをはじめ、やはりドキュメンタリー映画になったホイットニー・ヒューストンにしろ、エイミー・ワインハウスにしろ、世紀の歌姫と称された人は男に翻弄され、酒やドラッグに溺れ、悲惨な最期を遂げているケースが多い。

 でもソウルの女王、アレサ・フランクリンは違う。そう、多分。2018年に76歳でこの世を去るまで現役で活躍していたし、2009年のオバマ大統領就任式では愛国歌を披露する栄誉にも浴した。グラミー賞受賞回数は20タイトルを数え、大統領自由勲章を受章したり、「ローリング・ストーン誌が選ぶ史上最も偉大な100人のシンガー」の第1位に輝いたりと、生前から名声を博している。

 とはいうものの、決して順風満帆の人生ではなかったことが、「リスペクト」を見るとよくわかる。南アフリカ出身の女性ミュージカル演出家、リーズル・トミー監督が手がけたこの映画は、アレサの若かりし頃の試練と信念を描いていて、彼女の成功が一朝一夕にもたらされたものではないことがうかがえる。と同時に、アレサ役を演じたジェニファー・ハドソンの、まるでアレサの魂が乗り移ったかのような歌唱をたっぷりと堪能できて、純粋に音楽映画としても十分すぎるほど満足のいく作品になっていた。

 映画は1952年のデトロイト、アレサ10歳の頃から始まる。牧師の父(フォレスト・ウィテカー)は、夜ごと自宅で開く集会や教会での礼拝にアレサを呼んでは、天才的な歌声を披露させていた。歌うことは大好きなアレサだったが、別居中の母親(オードラ・マクドナルド)とはたまにしか会うことができず、寂しさを募らせていた。そんなある日、母が心臓発作で急死する。衝撃を受けるアレサに、さらにショックな出来事が重なる。

 この子ども時代のアレサを演じたスカイ・ダコタ・ターナーが、まずもってめちゃくちゃ歌がうまい。母と2人、ピアノの前で楽しそうに口ずさむ場面は、本当に幸せな気分にさせてくれる。もっと浸っていたいなと思っているところで、少し成長したアレサ役のジェニファー・ハドソンが登場する。初出演のミュージカル映画「ドリームガールズ」(2006年、ビル・コンドン監督)でいきなりアカデミー賞助演女優賞を獲得するほど演技も歌も折り紙つきのハドソンだけに、ほれぼれするくらい見事の一語に尽きる。生前のアレサ自身が、自分の役を演じるならハドソンと指名していただけのことはある。

 やがてアレサは父親の売り込みで大手のコロンビア・レコードからデビューするが、最初はまるで鳴かず飛ばず。ヒットがほしいアレサは、父親が毛嫌いするテッド(マーロン・ウェイアンズ)をマネジャーにつけてレコード会社を移籍するが、激怒した父から縁を切られてしまう。それでもテッドと結婚し、ヒット曲にも恵まれるようになって、めでたしめでたし、と思ったのもつかの間、何事も自分の思い通りじゃないと気が済まないテッドは日増しに暴力的になり、アレサは酒に逃げる。ああ、やっぱり女性の名シンガーは男と酒で身を滅ぼすのか、と思いきや、そうはならないのがこの映画の肝だろう。この辺りの苦闘と再生のドラマを、ハドソンが渾身の妙技で巧みに表現する。

 さらに素晴らしいのが歌唱シーンで、名曲が誕生する瞬間やステージで熱唱する姿などを、いろいろと工夫を凝らした映像で魅せる。アラバマ州のスタジオにテレビの取材が入る場面では、彼女のピアノの弾き語りから徐々にコーラスやバンドが加わって曲ができていく過程を、テレビカメラが捉えた画面を差しはさみながら織り上げる。モノクロとカラーの映像の切り替えも鮮やかなら、バンドメンバーらとのグルーブ感も自然で、カメラも共演者も含めてみんなの心が一つになって生まれたことが伝わってくる。映画とは思えないライブ感にあふれた一瞬で、よくこんな奇跡をカメラに収めたものだと、長編第1作というトミー監督の演出力に驚嘆する。

 一方で、監督の容赦ない要求に完璧に応えたハドソンの高い能力にも感服した。今年5月、1972年にロサンゼルスの教会で行われたアレサのゴスペルライブをシドニー・ポラック監督が撮影したドキュメンタリー映画「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」が公開されたが、あの場面の再現は感涙ものだ。アレサになりきって熱唱するハドソンをクローズアップで、それもノーカットで捉え続けるんだけど、唇の動きから息継ぎの間まで、まさにアレサとハドソンが一体になって心の奥深くに訴えかけてくる。このシーンだけでも、この映画を見る価値があると言っていい。

 しかもキング牧師らの公民権運動など、アメリカにおける黒人解放、女性解放の苦難の歴史もきっちりと押さえているんだよね。何とも贅沢な気分に浸れることは間違いない。(藤井克郎)

 2021年11月5日(金)、全国公開。

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アメリカ映画「リスペクト」から。アレサ・フランクリン役で熱唱するジェニファー・ハドソン © 2020 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

アメリカ映画「リスペクト」から。若くしてレコードデビューを果たしたアレサ(左、ジェニファー・ハドソン)だったが…… © 2020 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved