第128夜 「スウィート・シング」アレクサンダー・ロックウェル監督

 米インディーズ映画の旗手、アレクサンダー・ロックウェル監督と言えば「イン・ザ・スープ」(1992年)が有名だが、当方はその次の作品の「サムバディ・トゥ・ラブ」(1994年)が強く印象に残っている。というのも、マスコミ試写で最初に見たときはそのよさが理解できず、後日、頼み込んでもう一回、内々の試写に潜り込ませてもらった。たまに監督インタビューの前に確認で二度見することはあるけれど、どうもこの作品は1回目のとき、ぼんやり見ていたんだね。主人公の少女がラテン系というのも2度目で初めてわかったくらいで、アンソニー・クインやサミュエル・フラーといった驚きの共演者と繰り広げる切なくもいとおしい物語の背後に、中米移民のチカーノ文化がちりばめられているというのにもやっと気づいた。映画の背景について、マンボミュージシャンのパラダイス山元さんに取材して解説してもらったことが、懐かしく思い出される。

「スウィート・シング」は、ロックウェル監督の単独監督作としてはそれ以来の日本での公開になるらしい。とは言っても、決して映画作りから遠ざかっていたわけではない。寡作ではあるもののコンスタントに撮り続けていて、どうして今まで公開されてこなかったのか不思議なくらいだ。それくらいこの新作は「サムバディ・トゥ・ラブ」同様、切なさといとしさにあふれていて、ぎゅっと抱きしめたくなるようなすてきな作品だった。

 15歳のビリー(ラナ・ロックウェル)と11歳のニコ(ニコ・ロックウェル)の姉弟は、父親(ウィル・パットン)と3人でつましくも温かな毎日を送っていた。飲んだくれの父親は普段は優しいものの、酒が入ると手が付けられなくなり、強制的に病院に入院させられる。残された姉弟は離れて暮らす母親(カリン・パーソンズ)の海辺の家でひと夏を過ごすことになるが、母親はボー(ML・ジョゼファー)という恋人と同居していた。

 といった物語が、モノクロを主体とした非常に味わい深い映像でつづられる。スーパー16のフィルムで撮影されたモノクロ映像はこよなく美しく、これにビリーの心象を表現するかのようにところどころカラー映像が差しはさまれる。このカラーの色調も場面場面で質感が異なり、母親とボーと4人で暮らす時間は笑顔がいっぱいで、一見バラ色の生活のようだが、色味はあまりにも毒々しい。一方で近所に住む少年、マリク(ジャバリ・ワトキンス)と親しくなり、海で泳いだりするようになる海中映像のカラーは、くすんでいてはかなげだ。やがてボーの行動がきっかけで母親の家を飛び出たビリーとニコは、マリクと一緒に逃走の旅を始める。

 この映画がすてきなのは、父親も母親もこんな感じで子どもにとってはひどい環境なのに、ビリーもニコも決して希望を失わず、悪の道に染まっていかないということだ。姉を信頼する弟はボーの酒の勧めも断固として拒否し、2人でけなげに支え合う。マリクを含めた3人での冒険も、ニコの「悪いことが起こりそう」というせりふに象徴されるように不安な先行きを予感させるものの、でもどこか温かい空気感に包まれている。

 それはロックウェル監督の優しいまなざしの賜物と同時に、随所に流れる珠玉の音楽のせいもあるだろう。ビリーが空想の中で出会う世紀の歌姫、ビリー・ホリデイをはじめ、幅広いジャンルの名曲の数々が3人の勇気を後押しする。ちなみに映画のタイトルの「Sweet Thing」もヴァン・モリソンが1968年にリリースしたアルバム収録曲から取ったもので、映画の中でも耳に心地よく響く。

 それにビリーとニコの姉弟を演じた2人がまたいいんだよね。ロックウェル監督の実際の子どもたちだそうで、つらい日々の中でも道を踏み外さない生き方を自然に表現していて、そこが「サムバディ・トゥ・ラブ」にも重なるかけがえのなさになっている。

 実は何を隠そう、ロックウェル監督の代名詞とも言える「イン・ザ・スープ」はまだ見たことがない。今回の「スウィート・シング」の公開に合わせて、上映館の新宿シネマカリテではこの名作の誉れ高い逸品を1週間限定でやることになっていて、これも見にいかなくっちゃね。(藤井克郎)

 2021年10月29日(金)から、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテなど全国で順次公開。

©️2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED

アレクサンダー・ロックウェル監督作品「スウィート・シング」から。ビリー(右、ラナ・ロックウェル)とニコ(左、ニコ・ロックウェル)の姉弟は、父親(ウィル・パットン)とつましくも温かな生活を送っていたが…… ©️2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED

アレクサンダー・ロックウェル監督作品「スウィート・シング」から。15歳のビリー(ラナ・ロックウェル)の切なくもいとおしい物語がつづられる ©️2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED