「本気のしるし 劇場版」(深田晃司監督)

 数ある映画祭の中でも、毎年5月に開かれるフランスのカンヌ国際映画祭は別格だと言われる。出品作品や来場ゲストの数、それに映画を見に世界中からやってくる人もけた外れに多いが、それ以上に誰もがおいそれとは参加できない敷居の高さも大きい。世に世界三大映画祭と言われる残りの2つ、ドイツのベルリン国際映画祭、イタリアのベネチア国際映画祭は、事前にパスを申請しなくてもチケットを手軽に入手できる。カンヌは2016年に一度だけ取材で訪れたことがあるが、事前に会社の承認をもらってやっと手に入れたプレスパスを持っていても、作品によっては入場できないケースがあった。権威という点では、確かにほかとは断トツに格が違うと言っていいだろう。

 そんな世界最高峰のカンヌ国際映画祭が、2020年の今年は新型コロナウィルスの影響で開催されなかった。1968年に五月革命のために会期中に打ち切られたことがあるが、開幕もされなかったのは1951年以降、初めてのことだ。2月のベルリン、9月のベネチアが何とか開かれたことを思えば、カンヌの関係者はさぞや残念だったに違いない。

 その代わり、今年はオフィシャルセレクションとして56本のラインアップが発表された。開催されていたらコンペティション部門ほかで公式上映されていたはずで、ウェス・アンダーソン、フランソワ・オゾン、スティーヴ・マックイーン、トマス・ヴィンターベアといった世界が注目する名匠がずらりと並ぶ。日本からも3人の監督が名を連ねていて、河瀨直美、宮崎吾朗の新作とともに選ばれたのが、深田晃司監督の「本気のしるし 劇場版」だった。

 もともとは星里もちるの漫画を原作に、名古屋テレビ(メ~テレ)で制作された連続ドラマで、同局では2019年10月から1話30分、全10話が放送された。その「本気のしるし」を、未公開シーンを含めて再編集したディレクターズカット版が「劇場版」で、上映時間は何と3時間52分という大長編に仕上がっている。

 とはいうものの、ハラハラドキドキがぎゅっと詰まった展開はちょっとでも目を離すことができないくらいの面白さで、ちっとも長さを感じさせなかった。主人公は中小商社でおもちゃの営業をしている辻一路(森崎ウィン)。誰に対しても優しいけれど、決して本気にはなれない彼は、社内の2人の女性とずるずるとした関係を続けていた。

 ある夜、コンビニで何とも不思議な雰囲気の女性と出会った辻は、その帰り道、彼女が運転する車が踏切で立ち往生しているところに出くわす。何とか救い出したものの、誰が運転していたかと尋ねる警察官に対して、彼女の答えは、辻を指さし「この人です」。初っ端から画面にくぎ付けになる。

 こうして、嘘ばかりついているこの葉山浮世(土村芳)が辻の人生に絡んでくるという形で、さまざまな出来事が起こる。清楚なようでいて、ときに大胆な行動を取る彼女は、いったいどこまで本当のことを言っていて、どこからが嘘なのかさっぱり読めない。翻弄されっぱなしの辻と同様、見ているこちらも思いっきりイライラさせられるが、そんなトンデモ女を土村がまるで嫌味なく飄々と演じるもんだから、頭の中は戸惑いが渦巻くばかり。うー、深田監督の思うつぼだ。

 もちろん現実離れしている部分はいっぱいあるんだけど、4時間近くを違和感なく見せ切ってしまうとは、深田監督も主役の2人も見事というしかない。さらにこれまでの深田作品を特徴づけてきたこだわりも健在で、例えば音楽を極力排して見る側に余計な感情移入をさせないという姿勢は、この長尺でも貫かれている。ラスト近くでたった一度だけベートーベンが流れるが、さすがとうならされるほど絶妙な使い方だった。

 カンヌ国際映画祭を取材した2016年は、深田監督が「淵に立つ」で初めて公式に選出され、「ある視点」部門の審査員賞に輝いた。壇上で喜ぶ深田監督の満面の笑みを間近に見た身としては、「本気のしるし 劇場版」のオフィシャルセレクションはうれしい限り。ますます世界に羽ばたいていってもらいたいと願わずにはいられない。(藤井克郎)

 2020年10月9日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷など全国で順次公開。

© 星里もちる・小学館/メ~テレ

深田晃司監督作品「本気のしるし 劇場版」から。葉山浮世(右、土村芳)と出会ったことで、辻一路は…… © 星里もちる・小学館/メ~テレ

深田晃司監督作品「本気のしるし 劇場版」から。葉山浮世(右、土村芳)と出会ったことで、辻一路は…… © 星里もちる・小学館/メ~テレ