「おばけ」(中尾広道監督)

 前回(2020年7月2日付)のこのコーナーで、日本随一の自主映画の祭典「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」から日本映画の至宝が次々と世に出ているということに触れたが、その最もホットな逸材が「おばけ」の中尾広道監督だろう。昨2019年のPFFアワードで、最終審査員の満場一致でグランプリに選出された「おばけ」は、62分という中編ながら堂々と単独で劇場公開される。いや、めでたい。

 何しろ当方、昨年のPFFアワードでは念願だった入選作品の完全踏破を初めて達成したのだが、その18本を見た中で図抜けて強い印象を受けたのがこの「おばけ」だった。俳優の斎藤工ら最終審査員を務めた5人の一流クリエイターと図らずも意見が一致したことになるが、決して後付けで言いつくろっているわけではない。18本を見終わった直後、受賞結果が発表されるおよそ1週間も前に、当サイトの「映画祭報告」コーナーでちゃんと書いているから、よかったらご一読を。

 このときもちらっと触れたが、「おばけ」の魅力を言葉で表現するのは至難の業だ。

 テーマは、一言で言ってしまうと映画愛ということになるだろうか。主人公は中尾監督自身だが、彼が行うさまざまな映画的な行為を、どこか遠くの宇宙から2人の男(あるいは星か)が大阪弁で論評するという形で進行する。中尾監督は、どうやらこれまでもすべて1人で映画を作ってきたようで、そんな過去作品の上映会やら新作の制作過程やらを流しながら、大阪弁の2人がどうでもいいちゃちゃを入れつつひたすらしゃべる。「財布を拾ったと思ったら、つぶれたコッペパンやった」なんて映像と全く関係ないしょうもない話も出てきて、とにかく唖然とするしかない。

 だがこの繰り返しを眺めているうちに、映画の原点とでも言うべきものに触れているのではないかという気にさせられる。動いている人物を撮るためには、撮る人、撮られる人が必要で、それを1人で行うには、一度カメラを据えて、次に被写体となってカメラの前を通り、さらにカメラの位置まで戻って撮影を終えなくてはならない。これを実写だけでなく、ミニチュア模型、コマ撮りアニメーションなど、さまざまな映像表現で施し、さらに音声や照明でも試行錯誤を繰り返す。1人ですべてを行うという気の遠くなるような映画づくりの原点を、中尾監督は惜しげもなく舞台裏までさらけ出して見せ切る。面白い映画とはここまでやってこそなのだという監督の思いが、決して言葉には出さないもののじんわりと伝わってきて、得も言われぬ感慨に包まれる。

 とにかく山の中の1本の木をかなり遠くからとらえたロングショットだけでも、中尾監督の映画づくりに懸ける根性と愛情が詰まっていて、ああ、いいなあ、と思える。この「ああ、いいなあ」がどれだけ感じられるかが、自主映画には大切なことではないだろうか。

「おばけ」はその後、2019年のTAMA NEW WAVEでも特別賞に輝いたほか、韓国の全州(チョンジュ)国際映画祭のコンペティション部門にも選ばれた。新型コロナウイルスの影響で、残念ながら無観客で実施されることになったが、着実に世界がこの異才を注目しつつあるのは確かだ。

 そしてPFFは今年も9月に開催される予定で、7月8日にはPFFアワード2020の入選作17作品が発表された。「おばけ」に匹敵する刺激的な作品と出合うことができるか。今年も何とか2年連続の完全踏破を成し遂げたいものだ。(藤井克郎)

「おばけ」は2020年7月11日からポレポレ東中野で公開。

日本映画「おばけ」から。映画づくりの原点がぎゅっと詰まっている

日本映画「おばけ」から。映画づくりの原点がぎゅっと詰まっている