「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」(エミール・クストリッツァ監督)

 旧ユーゴスラビア出身のエミール・クストリッツァ監督は、一度は会ってみたい世界の映画人の筆頭だ。独特の色彩感覚と土着的な音楽に彩られた無秩序な映像世界にはいつも陶然とさせられていて、いったいどうやってこの混沌を創出しているのか、じっくりと聞いてみたいという思いがある。

 それに「パパは、出張中!」(1985年)、「アンダーグラウンド」(1995年)と2度もカンヌ国際映画祭のパルムドールに輝くなど、名だたる映画祭で受賞を重ねているのに、ちっとも巨匠然としていないのがいい。アルゼンチンの伝説のサッカー選手、ディエゴ・マラドーナに密着したドキュメンタリー「マラドーナ」(2008年)を監督したときも、マラドーナと一緒にビールを飲んだりボールを蹴ったりと、大いにはしゃぎまくっていた。あれなら「マラドーナと僕」というタイトルの方がよかったかもしれない。

 新作のドキュメンタリー映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」も、やっぱりクストリッツァ監督自身が登場する。ムヒカ家の庭先で、2人してうまそうに水たばこをくゆらせるときの和気藹々とした表情には、お互いの信頼関係が垣間見えて、ちょっとほろっとさせられる。

 だが今回は、主役は完全にムヒカ元大統領だった。南米ウルグアイの大統領を2010年から15年まで務めたホセ・ムヒカは、12年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた国連持続可能な開発会議のスピーチで、一躍世界にその名を知られることになる。地球環境のためには、このまま消費社会を続けるのではなく、人間の幸福とは何かをもっと追求すべきだと訴え、世界中の人々に感動を与えた。しかも自身は給料を貧民街の住宅建設のために寄付し、職務の合間にはトラクターで畑を耕すというつつましい生活を送る。いつしか「世界でいちばん貧しい大統領」と称されるようになった。

 クストリッツァ監督は、そんな彼に密着取材を敢行するとともに、妻で政治家の同志でもあるルシア・トポランスキーをはじめ、かつての仲間にもインタビューを重ね、ムヒカの実像に迫っていく。そこから浮かび上がるムヒカ像は、決して笑顔が愛らしい好々爺の姿だけではなく、革命の闘士としてゲリラ活動を行い、何度も逮捕、投獄された過去を持つ愛と闘争の男の顔だった。

 印象的なシーンに、かつて収監されていた刑務所の跡地に立つショッピングセンターを訪れる場面がある。買い物客と気さくに話をしていたら、いきなり「あんたがウルグアイをダメにした」とかみついてくるおやじがいた。映画のカメラも回っているんだし、普通なら「まあまあ」といなすのではないかと思うが、この元大統領は自分の主張を真剣に論じ、口げんかをする。なるほど闘争の男だ。

 それを遠慮なく映画に組み入れてしまう監督も監督だが、闘争心以上にクストリッツァ監督が興味を抱いたのは、妻のルシアとの二人三脚ぶりのようだ。若かりしころからの2人の写真をたどりながら、家庭でも国家でも大切なのは愛だというムヒカの信念をあぶり出す。この情緒あふれる演出はまさにクストリッツァの真骨頂で、夫婦の絆に心底惚れ込んだことが伝わってきて、ほっこりとさせられた。

 実はムヒカ元大統領のドキュメンタリーはもう1本、「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」という日本映画が、4月10日から公開される。こちらもムヒカに密着してさまざまな珠玉の言葉を引き出しているが、訪日時の映像など特に日本に向けてのメッセージという傾向が強い。田部井一真監督はフジテレビのディレクターで、まだ30代の若手だが、突撃ぶりはクストリッツァ監督にも負けてはいない。両方を見比べてみることで、よりムヒカが信じる愛の深さに気づくことができるのではないだろうか。(藤井克郎)

 2020年3月27日からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館など全国順次公開。

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アルゼンチン・ウルグアイ・セルビア合作映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」から © CAPITAL INTELECTUAL S.A

アルゼンチン・ウルグアイ・セルビア合作映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」から。妻との仲睦まじい様子もほほ笑ましい © CAPITAL INTELECTUAL S.A.