「人間の時間」(キム・ギドク監督)

 ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」のアカデミー賞受賞で、韓国映画の底力が改めて注目されているが、韓国映画と一口に言ってもさまざまな作品が存在する。甘ったるい恋愛ものもあれば、滑稽なコメディーもあるし、歴史ものも常に作られ続けている。当方のお気に入りは、とぼけた味わいの中に男女の機微がさりげなく盛り込まれたホン・サンス監督の作品なのだが、もう一人、どうしても見逃すことができない鬼才がキム・ギドク監督だろう。「嘆きのピエタ」(2012年)、「メビウス」(2013年)と、人間の業の深さをこれでもかと見せつけてきたか思えば、「殺されたミンジュ」(2014年)、「The NET 網に囚われた男」(2016)では政治的な暗喩を暴力的な映像に落とし込んで議論を呼んだ。

 その最新作「人間の時間」も、どことなく政治的、社会的なメッセージが見え隠れする極めて示唆に富んだ作品だった。ある観光船が港を離れる。船は元軍艦で、新婚旅行のカップル(藤井美菜、オダギリジョー)や、国会議員(イ・ソンジェ)とその息子(チャン・グンソク)、議員に取り入ろうとするやくざ(リュ・スンボム)一味に謎の老人(アン・ソンギ)と、多種多様な人間が乗り込んでいる。やがて人間の欲望が入り乱れる狂乱の一夜が明けると、船はぽっかりと空中に浮かんでいた。閉ざされた空間で限られた食料しかない中、人々はどう行動するのか。

 わずかな希望を求め、人間が欲望をむき出しにして争うさまは、まさにキム・ギドク節全開というすさまじさだ。くんずほぐれつの血みどろの闘いに、思わず笑いがこぼれるようなショットも多々あって、さすがは天下の鬼才だなと感心するものの、船がなぜ宙に浮いているかを含めて、何ら説明がなされない。それもまた、いかにもこの監督らしい。

 主演の藤井は日本語で押し通しているし、チャン・グンソクも彼女には日本語で会話するのだが、彼女が日本人だというせりふは一切ない。舞台が軍艦ということもあり、うがった見方をすれば日韓の歴史を意識しているのかとも思うが、もしかしたらたまたま日本人の俳優を当てただけなのかもしれない。深読みしようが、何も考えなかろうが、映画は見る人が自由に受け取ってくれればいい、というのもギドク流なのだろう。

 欲望と欲望のぶつかり合いは、まさに今のどこの社会でも、どこの国でも、いや地球規模で見られる光景であり、そこによくわからない序列があるから、争いは一層ややこしくなる。国会議員を頂点に、やくざに娼婦、詐欺師、乗務員と、階級社会の現実を巧みに配しつつ、しかもその特徴を大げさに演じさせる。さらにアン・ソンギ演じる謎の老人の目的がだんだんわかってくるにつれ、船はいよいよ地球号の様相を呈してくる。われわれが行きつく先はどこになるのか。ラストの衝撃もまた、この鬼才ならではの皮肉と言っていいだろう。

 キム監督には以前、「殺されたミンジュ」で来日したときにインタビュー取材をしたことがある。「嘆きのピエタ」でベネチア国際映画祭で最高賞を受賞するなど、世界的に高い評価を受けているが、本人は非常に穏やかな腰の低い人だった。そのときに印象的だった言葉が「期待に応えなければというプレッシャーよりも、生きていく中で感じるさまざまな矛盾などの映画的な題材を、自分が感じるままに自由に撮っていきたい」というものだ。見る方も、だから虚心坦懐に自由に作品に臨むのがいいのかもしれないね。(藤井克郎)

 2020年3月20日からシネマート新宿など全国順次公開。

© 2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

韓国映画「人間の時間」から。閉ざされた空間の中で人間の欲望が渦巻く © 2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

韓国映画「人間の時間」から。果たして人類は生き残れるのか © 2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.