第50夜「サクリファイス」壷井濯監督

 かつて1980年前後、映画学校でもないのに綺羅星のごとく若い才能ある映画人が出現した大学がある。立教大学だ。後に東大総長を務める映画評論家、蓮實重彦の授業「映画表現論」に刺激を受けて多くの学生が映画の道を志し、その中から黒沢清、森達也、万田邦敏、周防正行、五十嵐匠、冨樫森、塩田明彦、小中和哉、篠崎誠、青山真治といった第一線で活躍中の名だたる監督が巣立っていった。

 その立教ヌーベルバーグの伝統は今も息づいていて、現在、教授を務める万田や篠崎の教え子からは、「ひかりの歌」の杉田協士、「アブラクサスの祭」の加藤直輝、「過ぐる日のやまねこ」の鶴岡慧子といった俊英が育っている。昨年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティションで優秀作品賞を受賞した「サクリファイス」の壷井濯監督も、まさに次の時代を背負って立つ立教映画人と言っていいだろう。

 この作品は、立教大学映像身体学科のゼミ課題からスタートしたらしいが、物語の世界観といい、見せ方の創意工夫といい、学生映画の域をはるかに超えた意欲的なもので、ちょっとびっくりしたというのが正直なところだ。

 冒頭、ある新興宗教団体で大地震の発生を予言する少女のこわばった表情から一転、大学の何気ないキャンパスライフの描写へと進む。どこにでもいそうな大学生たちの周辺で起きているのは、連続して猫が殺される事件に、戦争を志願する若者が相次いでいるという事実。これらの現実と東日本大震災の記憶とは、どこでどうつながるのか。それを一切の説明的なせりふを排し、大胆な場面転換と象徴的な断片映像を組み合わせることで、徐々に因果を示唆していく手法がすばらしい。

 どうやら特殊能力を有しているのは大震災を予知した少女だけではなく、何人かがここの大学生としてごく普通の日常生活を送っているのだが、その能力のせいで平凡な暮らしができない。そんな彼らが垣間見る未来の描き方が秀逸だ。何が映っているのかよくわからないけれど、とてつもなく禍々しいイメージがサブリミナル的にパッパッと差しはさまれて、はっとさせられる。タイミングといい、瞬間の長さといい、見事な編集の技に目を見張った。

 かといって、実験的なだけのわけのわからない映画では決してない。猫殺しの犯人捜しというサスペンスの要素のほか、廃ビルを舞台にしたラストはホラーっぽい雰囲気を漂わせ、エンターテインメント性も十分。かてて加えて、東日本大震災の記憶にオウム事件を彷彿とさせるカルト教団の暗躍、さらには戦争志願の若者のくだりはIS(イスラム国)戦闘員のニュースを思い起こさせるなど、今日性、社会性もしっかりと内包している。学生映画でここまで重層的に作品を構築できるとは、何とも末恐ろしい監督が現れたものだ。

 配役のバランスも絶妙で、主役の青年を演じる青木柚のほか、半田美樹、五味未知子といったフレッシュな若手を、三浦貴大、草野康太ら芸達者が脇から支える。青木の初登場時、目が見えるか見えないかのギリギリでとらえるカメラポジションなど映像センスも抜群で、立教の伝統から飛び出てきた新たな才能に今後も目が離せない。(藤井克郎)

 2020年3月6日からアップリンク吉祥寺などで順次公開。

© Récolte&Co.

日本映画「サクリファイス」から。過去と現在をつなぐ禍々しい出来事がサスペンス要素たっぷりにつづられる © Récolte&Co.

日本映画「サクリファイス」から。過去と現在をつなぐ禍々しい出来事がサスペンス要素たっぷりにつづられる © Récolte&Co.