映画館は「自分は一人じゃない」と感じる場所

 売れない映画監督が全国の映画館を回って自作の上映をお願いする。そんなコンセプトでスタートしたコメディーが、図らずも地方の劇場が直面する危うい現状を浮き彫りにした。マレーシア出身で、大阪を中心に映画づくりを続けるリム・カーワイ監督(49)の最新作「あなたの微笑み」は、映画愛、映画館愛に貫かれた熱い映画だ。「経営が難しくなっていくのは間違いないが、でも映画館は永遠にあり続けると思う」とリム監督は全国の映画館にエールを送る。(藤井克郎)

★自作の上映館を探して列島縦断の旅に

「あなたの微笑み」は虚実入り交じった極めて冒険的な作品だ。

 主人公は、栃木県大田原市を拠点に映画創作活動を展開している渡辺紘文監督が本人役を演じている。栃木でくすぶっている渡辺監督の元にある日、「世界のコレエダ」の代役として沖縄での映画制作の依頼が舞い込む。喜び勇んで沖縄に飛んだ渡辺は、依頼主の社長(尚玄)から「今すぐ俺を主人公に映画を作れ」と高級ホテルに缶詰めに。だが一向に脚本が書けず、遊びほうける毎日で、ついにホテルから追い出され、自分の映画を上映してくれる劇場を探して列島縦断の旅に出る。

 こうして渡辺が巡るのは、那覇の首里劇場に大分・別府ブルーバード劇場、北九州・小倉昭和館、鳥取・湯梨浜のジグシアター、兵庫・豊岡劇場、札幌・サツゲキ、北海道・浦河の大黒座と、いずれも実在する映画館で、豊岡劇場以外は実際の館長らがやはり本人役で出演している。渡辺監督とごく自然な会話を交わすさまはドキュメンタリーの趣だが、場面場面でそれぞれ別人格の女性(平山ひかる)との絡みもあるなど、虚構と現実が錯綜する不思議な魅力に満ちている。

 渡辺を主役に起用したのは、以前、東京国際映画祭に参加した際、同席していた渡辺監督の作品を見て、監督自身が主演しているキャラクターがスクリーンで存在感を放っていると感じたことがきっかけだった。いつか出演を依頼しようと思っていたが、今回の映画監督の役は、役者が演じるよりも実際の監督の方が絶対に面白くなる。そう感じたリム監督は、当初から渡辺のことが頭に浮かんでいた。

 映画の中の渡辺はまるで地のままのように見えるが、「実際の渡辺さんはもっと落ち着いておとなしく、アートが大好きな好青年です。映画の中ではちょっと厚かましい役になっているので、そこは申し訳ないと思っています」とリム監督は恐縮する。

★地方では上映したくても枠がない

 もともとリム監督がこの作品を企画したのは、コロナ禍で映画制作も映画館も厳しい状況に陥ったことがきっかけだった。

「自分自身、コロナ禍で仕事のオファーがなくなり、なかなか映画を作ることができなくなった。今回は助成金が下りて作れたが、現状はコロナ禍でお金を集めるのが難しい。どうすればいいかずっと考えていたが、自分だけじゃなくて、日本で自主映画を作っている監督たちはみんな同じ局面を迎えているんじゃないかと思って、この物語を思いつきました」とリム監督は振り返る。

 作品をかけてくれる映画館はないかと、南から北へと日本を縦断してもがき苦しんでいる渡辺監督の姿は、今の自主映画監督の象徴でもある。リム監督自身、ずっと自主配給をしてきた身で、同じように自ら映画館を訪ねては上映してもらえないかとお願いすることを繰り返してきた。

「一つ分かったのは、東京や大阪などの都会はミニシアターがいくつもあって、自主映画を上映する余裕がある。作品を気に入ったらかけてくれるが、地方はミニシアターが地域に一つくらいしかないし、映画を見る人口も少ない。さらに作品はいっぱいあるから、東京だと数館で上映したミニシアター作品を1館でやることになる。上映したくても枠がないというのが実情です。ましてコロナ禍の中、地方に持っていっても、検討させてくださいという回答が返ってくるだけなんじゃないかと思いますね」

★脚本なしの行き当たりばったりの撮影

 リム監督によると、今回は脚本を全く書かなかった。コンセプトは作っていったが、行き当たりばったりで撮影するというスタイルだったという。前作の「COME & GO カム・アンド・ゴー」(2020年)では、細かいせりふは書き込んでいなかったものの、箱書きと呼ばれる構成表は用意していた。

 脚本を準備しなかったのは、実は初めてではない。バルカン半島で撮った「どこでもない、ここしかない」(2018年)と「いつか、どこかで」(2019年)の2本も、その場その場の状況に合わせて物語を構築していった。「バルカン半島の1作目のときにそのスタイルでやってすごく楽しかったから、同じスタイルでもう1本撮ったんです。今回はその延長という感じですね」

 前半の沖縄で成り金の社長から映画制作の依頼を受けるというくだりも、行き当たりばったりだった。前作の「COME & GO カム・アンド・ゴー」で起用した尚玄にも何らかの役で出てもらいたいと思い、当初は豊岡劇場の館長役を設定していた。だが尚玄が主演した「義足のボクサー GENSAN PUNCH」(2021年、ブリランテ・メンドーサ監督)が釜山国際映画祭に出品されることになり、尚玄はコロナの隔離政策で長期間、韓国に滞在しなければならず、リム監督の作品に参加できなくなってしまった。

 ところが急に韓国でのコロナ禍が収まり、隔離の必要がなくなる。渡辺の旅を沖縄からスタートしようということは決めていたので、沖縄出身の尚玄のスケジュールが空いたのなら、ぜひ沖縄での撮影に参加してほしい。そんなわけで、沖縄の成り金がお金を出して渡辺に映画を撮らせるというアイデアが浮かんだ。沖縄に出発する3日前のことだった。

「尚玄さんが映画の舞台となるリゾートホテルも見つけてくれて、しかもゴルフ場でもスイートルームでもどこでも撮らせてくれることになった。予算も乏しく、スタッフもいない中、いろいろとアイデアが膨らんでいって、ゴージャスに作ることができました」と尚玄への感謝の言葉を口にする。

★個性的で魅力いっぱいの館長たち

 各地の映画館との交渉も場当たり的だった。豊岡劇場だけは2020年にリム監督作品の特集をしてもらったことがあり、風格のある建物にひかれて、ぜひあそこで撮りたいと思っていたが、ほかはロケハンに行ったときに撮影を依頼した。

「撮影してもいいですか、と許可を取りにいったときに、ついでに館長さんにも出演してほしいとお願いしました。みんなすぐにOKしてくれたのですが、多分、ドキュメンタリーだと思っていたんじゃないでしょうか」

 選んだ決め手は劇場ありきではなく、場所だった。別府はリム監督が温泉好きで、別府には毎年、一人で温泉旅行に出かけていた。湯けむりの街並みも風情があるし、別府で映画を撮りたいとずっと思っていたが、ちょうど別府にはブルーバード劇場という多くの映画人、映画ファンに愛されている映画館があった。しかも名物館長の岡村照さんは90歳を超えた今も溌溂と仕事をこなし、その優しい笑顔をカメラの前で披露している。

 鳥取も、まずは場所だった。「砂の女」(1964年、勅使河原宏監督)のような砂丘をさまよう幻の女を撮りたいと思い、鳥取砂丘でのロケを考えたが、山陰には映画館自体がほとんどなかった。

 ところが2021年4月に個性的なミニシアターのジグシアターが湯梨浜町にオープンする。ロケハンに行ったら、周辺の景色も素晴らしい。館長の柴田修兵さんは濱口竜介監督の「ハッピーアワー」(2015年)に出演していた人でもあり、ちゃっかり映画のせりふにもネタとして盛り込んでいる。

「今回は本当に運がよくて、皆さんものすごく個性的な方でした。大黒座の三上雅弘さんもとても魅力的で、天真爛漫というか、子どもみたいに映画を愛している。それが表情にも仕草にも表れていて、会った瞬間にぜひ彼を撮りたいという気持ちになりました。やっぱり個性があってこそ映画があるんじゃないかな、という気がしています」

★文化や情報の交流の場としての可能性

 だが映画で取り上げた映画館のうち、首里劇場はその後、館長の金城政則さんが急逝して、2022年6月に閉館。豊岡劇場も休館中だし、サツゲキは営業は続けているものの、経営母体が民事再生法の適用を申請した。

 衝撃的だったのは小倉昭和館で、創業83年を迎えていたが、2022年8月に起きた旦過市場の火事で焼失し、再建の道を模索中だ。館長の樋口智巳さんには火災の後、この映画を見てもらったが、昭和館の一番きれいな姿を残してくれたと感謝されたという。

「樋口さんもものすごくバイタリティーがあって、コロナがあってもそれに立ち向かっていくと映画の中でも話している。今回のことは悲しいが、彼女なら多分、乗り越えるんじゃないかという気がします」

 ほかにも全国のミニシアターを取り巻く状況は押しなべて厳しいが、地方の劇場は東京や大阪など都会と同じ感覚では測れないという。

「地方はシネコンもないところが多く、文化やビジネスの次元では語れない。地元の人にとっても運営する側にとっても、単純に映画が好きというだけで、その劇場がなくなったら映画を見る機会を失ってしまう。コロナがあってもなくても経営は厳しいし、それでも楽しく前向きにやっている。緊急事態宣言で閉館になった時期は、経済的なことよりも、とにかく映画が上映できないということが寂しかったんです」とリム監督は強調する。

 一方で、地方は逆に可能性が潜んでいるとも指摘する。映画を上映するだけでなく、カフェや本屋を併設したり、イベントを開催したりすることで、いろんな人が集まる場所になっていく。地域の文化や情報の交流の場として、必要とされる場所になっていくんじゃないかと期待する。

 パソコンやスマホなど、今後ますます映画を手軽に見る傾向は進んでいくかもしれないが、映画館は決してなくなることはないだろうと希望は捨てない。

「コロナ禍でみんな分かってきたことですが、映画を見ても人と会わないのは寂しいというか、見た映画のことは誰かと話したくなる。スマホでも見られるのにそれでも映画館で見たい理由を考えたら、自分は一人じゃないということに気づきたいからじゃないでしょうか。特にコロナがあって、みんな寂しい、孤独だ、ということが分かって、でも本当は孤独じゃない、人とつながりたいという気持ちがある。自分は一人じゃないと感じる場所として、映画館という存在は永遠にあり続けるんじゃないかと思います」

リム・カーワイ(林家威)

1973年生まれ。マレーシア出身。大阪大学基礎工学部電気工学科卒業後、通信業界を経て、北京電影学院監督コースを卒業。北京で「アフター・オール・ディーズ・イヤーズ」(2010年)を自主制作して長編監督デビュー。ほかに監督作に「マジック&ロス」(2010年)、「新世界の夜明け」(2011年)、「Fly Me To Minami 恋するミナミ」(2013年)、「愛在深秋」(2016年)、「どこでもない、ここしかない」(2018年)、「いつか、どこかで」(2019年)、「COME & GO カム・アンド・ゴー」(2020年)など。「2021香港インディペンデント映画祭」を主催するなど、監督以外でも活動の幅を広げている。

「あなたの微笑み」(2022年/日本/103分)英題:Your Lovely Smile

監督・プロデューサー・脚本・編集:リム・カーワイ

撮影:古屋幸一 録音:中川究矢、松野泉 音楽:渡辺雄司 サウンドデザイン:松野泉 宣伝デザイン:阿部宏史 予告編監督:秦岳志

出演:渡辺紘文、平山ひかる、尚玄、田中泰延

配給:Cinema Drifters 宣伝:大福

2022年11月12日(土)からシアター・イメージフォーラム、12月3日(土)からシネ・ヌーヴォなど、全国で順次公開

上映中、シアター・イメージフォーラムではリム監督やゲストのトークショーも予定されている。11月12日(土)はリム監督に加え、出演者の渡辺紘文さん、平山ひかるさん、尚玄さん、田中泰延さんが登壇する予定のほか、13日(日)には深田晃司監督、15日(火)には石川慶監督、16日(水)にはプロ・フリークライマーの平山ユージさんと長女で出演者の平山ひかるさん、俳優の松浦祐也さん、18日(金)には作家で映画評論家の中原昌也さんの来場が予定されている。

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「あなたの微笑み」を手がけたリム・カーワイ監督。「映画館はなくならない」とその魅力を語る=2022年10月12日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)

「あなたの微笑み」を手がけたリム・カーワイ監督=2022年10月12日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)

リム・カーワイ監督作品「あなたの微笑み」から。栃木でくすぶっている映画監督の渡辺(渡辺紘文)は…… ©cinemadrifters

リム・カーワイ監督作品「あなたの微笑み」から。渡辺(渡辺紘文)は全国の映画館を回って、自作の上映を依頼する ©cinemadrifters