必要欠くべからざる音楽への愛

 2019年、細野晴臣は音楽活動50周年を記念してアメリカで初のソロライブを行った。ニューヨークでもロサンゼルスでも、会場は超満員の聴衆で熱気にあふれ、アメリカ音楽に影響を受けた自作の曲を奏すると、客席が一体となってスイングする。どの顔も実に幸せそうだ。「でも、もうこんなことはできないかもしれない。映画のタイトルには、そんな意味も込められています」と、細野に密着してライブドキュメンタリー「SAYONARA AMERICA」を完成させた佐渡岳利監督(55)は打ち明ける。(藤井克郎)

♬細野晴臣を育んだアメリカ文化

 映画は冒頭、「In Memories of No-Masking World」(マスクがなかった世界をしのんで)という衝撃的なテロップで始まる。さらにコロナ禍で「もう2年もギターを触っていないよ」とつぶやく細野の近況が語られる。アメリカでのライブ映像を期待していた身としては、いきなり肩透かしを食らったような感じだ。

「冒頭のあの言葉は、細野さんが入れようとおっしゃったんです。実は2020年も結構、海外でライブをやる予定があって、それが全部コロナでなくなっちゃった。あれだけアメリカの皆さんが喜んでくださったライブをちゃんとファンの方々に見ていただきたいという思いがまずあって、そこにコロナの状況が入ってきたという流れですね」と佐渡監督は、映画化の経緯について説明する。

 長くNHKで音楽番組を担当してきた佐渡監督と細野との付き合いは20年に及ぶ。細野が20代のころに活動していたバンド「はっぴいえんど」のメンバーだった作詞家、松本隆の30周年特別番組で出会い、2001年1月には細野がメーンの「細野晴臣イエローマジックショー」を放送。続編も手がけたほか、2019年に公開された細野のドキュメンタリー映画「NO SMOKING」の監督も務めた。この撮影でアメリカライブに同行した佐渡監督は、細野の音楽が海の向こうの多くのファンに愛されている実態を目撃する。

「ファンの方々の聴き方がすごくて、音楽を奥深いところでつかんでいるんですよね。そういうところも映画で出せるといいなと思いました。細野さんが披露したのは、自身を育んだアメリカ文化への愛情が昇華された音楽なんですが、それをアメリカの人たちが喜んでくれた。テレビが初めて映ったのと近いくらいの衝撃で体内に刷り込まれて熟成されたものが、アメリカの方々に喜んでもらえた。その素晴らしさですよね」と佐渡監督はライブでの興奮ぶりについて語る。

♬コロナ禍で忍び寄る孤立化の影

 映画には、ニューヨークとロサンゼルスでのライブ映像のほか、コロナ禍のために人前で演奏ができない現状やさまざまな過去の資料を盛り込ませて、細野と音楽とアメリカのつながりを多角的に見せる。例えば連合国軍最高司令官のマッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立ったときの記録映像は、アメリカ文化が戦後の日本に与えた衝撃の象徴のようなものだ。さらに細野が歌う「BODY SNATCHERS」の曲にかぶせて、ドン・シーゲル監督の映画「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」(1956年)の断片を挿入。知らないうちに近所の人たちが侵略者に入れ替わっているというホラーだが、現在のコロナ禍で忍び寄る孤立化の影を示唆させている。

「まさに『BODY SNATCHERS』はコロナとシンクロするものです。交通網やインターネットの発達で世界がどんどん狭くなっていると思っていたのに、こんなことになってしまった。音楽ってなくても死んだりはしないけど、やっぱり必要欠くべからざるものだと思うんです。こういう時代の中で音楽がどういう聴かれ方をしていくのかというのは、われわれの大きな課題であり、興味のあるところでもある。『SAYONARA AMERICA』のタイトルは細野さんがつけてくれたのですが、そういうこともいろいろと考えてのことだと思いますね」

 こう話す佐渡監督にとって、細野の音楽の魅力とは何なのか。「一音で宇宙に連れていってくれる。それが一番に感じるんですよね」と明言する。

 佐渡監督が細野の音楽に触れたのは小学生のころ、細野が参加したイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)と出合ったのが最初だった。それまでは歌謡曲を普通にテレビで楽しむという感じだったのが、あ、こういう世界もあるんだ、と気づいて、レコードを買ったりラジオを聴いたりするようになっていった。まさに音楽を本格的に聴くきっかけになったのが細野晴臣だった。

「細野さんは、その後もいろんなスタイルの音楽をなさっている。時代時代でヒット曲を出す方はたくさんいるが、いろんなフォーマットを作れる人って本当に少ないと思うんです。例えばはっぴいえんどは日本におけるロックバンドの原型みたいな感じだし、YMOはテクノポップからヒップホップの誕生にも影響している。よく思うのは、細野さんがアメリカ人やイギリス人だったら、世界中の人がごく自然に聴いている音楽になったんだろうな、ってことです。やっぱり言葉の壁がどうしてもありますから、何でアメリカ人じゃなかったのかな、と思ったりもしますね」

♬ぐっと気持ちに入っていくのが映画

 そんな細野がアメリカで熱狂的に迎えられた記録が、映画になってスクリーンによみがえる。以前にはPerfume の海外ツアーの模様を映画化したこともある佐渡監督だが、あえて劇場用映画にする意味はどこにあるのか。「テレビとは使命が違うという表現が正しいかもしれない」と解説する。

 佐渡監督によると、テレビは不特定多数に向けて作るもので、どうしても「ながら見」にならざるを得ないという宿命がある。番組が取り上げる内容について詳しくない人にも知ってもらうためには、作り手は分かりやすい演出を心がける必要があるからだ。

「映画はもうちょっと深いところにいけるというか、画面も大きいし、大音量で聴くことができる。暗闇の中で集中して見てもらうことで、そこまで説明的にならずに感じてもらえるし、さらにぐっと気持ちの中に入っていくんじゃないでしょうか。細野さんの音楽をもっと好きになったり、もっといろんな曲を聴いてみようと思ったり、そういう効果はあるかなと思いますね」

◆佐渡岳利(さど・たけとし)

1990年、NHKに入局。音楽を中心にエンターテインメント番組を手がける。主な担当番組に「紅白歌合戦」「MUSIC JAPAN」「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」「岩井俊二のMOVIEラボ」「細野晴臣 イエローマジックショー」など。映画は「WE ARE Perfume -WORLD TOUR 3rd DOCUMENT」(2015年)、「NO SMOKING」(2019年)を監督。現在はNHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサー。

◆「SAYONARA AMERICA」(2021年/日本/83分)

音楽:細野晴臣 監督:佐渡岳利 プロデューサー:飯田雅裕

出演:細野晴臣、伊賀航、伊藤大地、高田漣、野村卓史、ショーン・オノ・レノン、ヴァン・ダイク・パークス、マック・デマルコ、水原佑果、水原希子、ジョン・セバスチャン

制作プロダクション:NHKエンタープライズ 企画:朝日新聞 配給:ギャガ

2021年11月12日(金)、シネスイッチ銀座、シネクイント、大阪ステーションシネマなど全国で順次公開。

©2021“HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA”FILM PARTNERS

細野晴臣のアメリカライブに密着したドキュメンタリー映画「SAYONARA AMERICA」について語る佐渡岳利監督=2021年10月27日、東京都港区(藤井克郎撮影)

映画「SAYONARA AMERICA」から。アメリカでのソロライブに挑んだ細野晴臣(中央) ©2021“HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA”FILM PARTNERS

映画「SAYONARA AMERICA」から。コロナ後の細野晴臣の近況も描かれる ©2021“HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA”FILM PARTNERS