コロナ禍で顕在化した都会の孤独
監督が身を挺して撮影したカメラには、コロナ禍で浮き彫りになった東京のささくれた現実が映り込んでいた。7月10日(土)公開の「東京自転車節」は、新型コロナウイルスの感染拡大で職を失った青柳拓監督(28)が、東京で自転車配達員の仕事に精を出す毎日を自ら記録した異色のドキュメンタリーだ。街角から人影が消える中、社会との接点を求めて疾走する監督に、大都会はどんな反応を返してくれたのか。「今どうしたら前に進めばいいか悩んでいる人たちに見てもらいたい」と青柳監督は訴える。(藤井克郎)
★自ら稼ぐという行為を映画に
山梨県市川三郷町の実家に暮らす青柳監督は、日本映画大学を卒業後、地元で運転代行業のアルバイトをしながら、ときどき映画づくりの現場に呼んでもらって生計を立てていた。だが2020年4月、新型コロナウイルスの影響で、代行の仕事がなくなってしまう。そんなとき、大学の先輩に当たる映画プロデューサーの大澤一生さんから「東京でウーバーイーツの配達員をやらないか」と声をかけられた。飲食店の出前を請け負うウーバーイーツなどのデリバリーサービスは、コロナ禍で需要が増大。その配達員として稼ぎながら映画を撮影してはどうかという提案だった。
「もともとコロナ前から、奨学金を返す手段を映画にしようという構想があって、1年間マグロ漁船に乗るという企画を進めていたんです。でもコロナ禍でできなくなって、稼ぐ行為を映画にしようという志向があったので、大澤さんから声をかけられて二つ返事で受けました」と、青柳監督は映画化のきっかけについて説明する。
かくして4月下旬、青柳監督は一人、緊急事態宣言発令中の東京に向けて、山梨の自宅を自転車で出発する。撮影機材はスマートフォンとGoProという小型のアクションカメラの2台だけだった。
★社会との接点を求めてもがく
東京に到着した監督は、新宿の繁華街を拠点に、コロナ禍で人通りの消えた街角で人と人とのぬくもりを求めて自転車を走らせる。途中、感染を恐れて引きこもっている友人宅に居候したり、同じウーバーイーツで働いている大学の同期に話を聞いたり、とわずかなコミュニケーションはあるものの、大半は孤独な時間を強いられる。配達員同士はもちろん、注文客とも飲食店ともほとんど会話は交わさない。配達の飲食物を届けに行っても、黙って手を出すだけだったり、ドアを開けもしなかったりと、誰もが接触を拒否しているようだ。ちょっと稼ぎができたので人肌を求めて性風俗を利用しようとすれば、思いもかけない失望が待っているなど、独りぼっちの若者に吹く都会の風はあまりにも冷たい。
「ウーバーイーツ自体、社会とつながる仕事だと信じて山梨から出てきたわけですけど、それが配達員同士のつながりとか、加盟店やお客さんとの会話とか、ほぼほぼなかったというのはギャップでしたね。コロナに感染しているかもしれないという心配もあったんでしょうけど、マンションのエレベーターに一緒に乗ると毛嫌いされるということはしょっちゅうでした。ご飯だけじゃなく、何かあったかい気持ちまで届けられないか、という思いであがいていたんですが、お客さんにちゃんとお礼を言うといったあがき方しかできませんでしたね」と振り返る。
社会との接点がなかなか得ることができない監督はやがて、ウーバーイーツで課されている「クエスト」という追加報酬への挑戦に躍起になる。最大のクエストは3日間で70回の配達をクリアするというもので、目標に向かって必死に自転車を漕ぐ監督の表情からは、もはや人とのつながり、ぬくもりを求めていた当初の余裕はなくなっていた。
「どうして孤独になったのかも気づけないような怖さを、どうにかこの汗で届けられないかもがいていたというところはあります。だけど生きていかなくてはいけない。目先の利益をまずはクリアしないと生きていけないという状況もあって、そこは東京で生きる人間の瞬間というものを伝えている象徴的なシーンになっているんじゃないかなと思いますね」
★想像以上の気づきを取り込む
こう話す青柳監督は、もともとはフィクションの作り手を目指して日本映画大学に進学した。叔父が電気店を営んでいたこともあり、映画には子どものころから親しんで育ち、将来は映画か音楽かどちらかの道に進みたいという夢を抱いていた。
だが大学でシナリオを書いても、自分の作品は全く面白くない。そんなとき、過去に卒業制作で作られたドキュメンタリーを見て、強い衝撃を受ける。ハンセン病患者をテーマにした今田哲史監督の「熊笹の遺言」(2004年)など、対象者との共犯関係を構築していく手法に触れ、映画はこういうこともできるんだと感動を覚えた。
「それも穏やかな形で、お互いにいい関係を一般の人と紡いでいく。そんな優しさを映画の中に感じたし、社会ともすごくかかわっているんです。ドキュメンタリーに触れて、未知の体験の中で映画を作る面白さを知りました」
こうして卒業制作として、地元の自立支援施設に通う男性を通して地域の温かさを描いた47分の作品「ひいくんのあるく町」(2017年)を撮影。劇場公開もされ、大いに評判を呼ぶ。その後、短編の「井戸ヲ、ホル。」を経て完成させたのが、「東京自転車節」だった。
「今のところ、劇映画を撮るつもりはない」と言い切る青柳監督は、ドキュメンタリーの魅力を「自分の想像力以上のいろいろな気づきを映画の中に取り込んでいける。社会とすごくつながる映画なのかなと思います」と指摘する。
★孤独の中で見つめる世界の広がり
今回の映像にも、監督が思いもしなかった状況が図らずも映っていて、それは自分自身の向こう側にある社会のありさまそのものではないかと感じている。
「東京って分厚い壁だなと、都市自体が熱を通さない構造だなと思うんです。建築物が密集しているんだけど温度を感じないようにできている。人と人がつながるきっかけや人の温度を感じ取りにくい密集地帯になっていると思いますね。一人一人、個人個人は人との出会いを求めている。だけどいろんな防犯対策で頑丈になりすぎていて、さらにコロナ禍をいいことに安全を求めるあまり、孤独になってしまったということもあるかもしれません」
映画も、オンラインなどで今は一人でどこででも見ることができる時代だが、映画館で見ることに意味があると信じている。
「大勢の人が入っていても、映画を見ている一人一人は孤独、という気がします。暗闇の中で孤独を感じながら広い世界を見る。世界の広さを知るためにも、意識的に孤独になる場所は必要なのではないでしょうか。『東京自転車節』はスマホで撮った個人的な映画ですが、そんな作品を大きく見るギャップを感じてもらえたら、そしてそこからの広がりを感じてもらえたらいいなと思っています」
◆青柳拓(あおやぎ・たく)
1993年生まれ。山梨県出身。日本映画大学に進学後、卒業制作として「ひいくんのあるく町」(2017年)を監督し、全国公開される。岩淵弘樹監督作品「IDOL-あゝ無情-」の撮影クルーのほか、大崎章監督、七里圭監督の下で経験を積み、2020年には短編「井戸ヲ、ホル。」を監督。2021年1月、美術手帖の特集で、2020年代を切り開く「ニューカマー・アーティスト100」の1人に選出される。
◆「東京自転車節」(2021年/日本/93分)
監督:青柳拓 撮影:青柳拓、辻井潔、大澤一生 編集:辻井潔 構成・プロデューサー:大澤一生
出演:青柳拓、渡井秀彦、丹澤梅野、丹澤晴仁、高野悟志、加納土、飯室和希、齊藤佑紀、林幸穂、加藤健一郎、わん(犬)
音楽:主題歌「東京自転車節」(作詞・作曲:秋山周) 宣伝:contrail 製作:ノンデライコ、水口屋フィルム 配給:ノンデライコ
2021年7月10日(土)からポレポレ東中野など、全国で順次公開。
©2021水口屋フィルム/ノンデライコ
「東京自転車節」撮影の苦労を振り返る青柳拓監督=2021年5月31日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)
「東京自転車節」の青柳拓監督は、今も新宿でウーバーイーツの仕事を続けている=2021年5月31日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)
ドキュメンタリー映画「東京自転車節」から。人通りの少ない新宿の街を疾走する青柳拓監督 ©2021水口屋フィルム/ノンデライコ
ドキュメンタリー映画「東京自転車節」から。ウーバーイーツの配達員は孤独との戦いだ ©2021水口屋フィルム/ノンデライコ