後に引きずるような作品を
とんでもなく新しい感覚の映画作家が現れた。4月3日に公開される「グッドバイ」の宮崎彩監督(25)は、これまでの映画話法を覆すような大胆な語り口で、初の長編となるこの作品を撮り上げた。本人は「新しいことをしたという気持ちは全然ない」と話すが、不可解な部分はどう受け取られてもいいと思っていたことは認める。若手の期待の星が目指す映画とはいったい……。(藤井克郎)
★地に足がついた言葉を使いたい
「グッドバイ」は、ぱっと見はそれほど難解な映画ではない。主人公は母親と2人で暮らす上埜さくら(福田麻由子)。大手企業を退職し、友人のつてで保育園の臨時職員の仕事を始めるが、いつも遅くに父親が迎えにくる女の子がいた。新藤というその若い父親と言葉を交わすうち、さくらは離れて暮らす自分の父親のことを思い出す。
特に際立ったドラマがあるわけではなく、新藤とのふれあいを経ることで、さくらと家族の関係に微妙な変化が訪れるさまが描かれるのだが、せりふや映像では説明されないさまざまな事情が隠されていて、見る側はいろいろと勝手に推量できる構図になっている。例えばさくらの父親はどうして離れて暮らしているのか。なぜ新藤は毎日、娘を迎えにくるのか。さくらが母親に向かって「お母さん、あのときどうしていなかったの?」というせりふの「あのとき」っていつのことなのか。そんなちょっとした謎が随所にちりばめられていて、回収されているのかいないのかもよくわからないまま、物語が進行していく。
「わからないといった質問はよく受けます。あれってどうだったの、とか、いまだにキャストからも言われたりしますからね。自分としてはそのようにもやっと残るというか、後に引きずってくれたらいいなと思っていたので、万々歳なんですけど」と、してやったりの宮崎監督だが、これでも自分としてはせりふで説明しすぎたのではないかと冷や冷やしていたという。
「今、若手で映画を撮る人がたくさんいて、ちょっと人と違うことをしないといけない、という空気が少なからずあると思うんです。例えば奇抜な絵作りとか、今までにない編集の仕方とか。それも世に出る一つの手段としていいと思いますが、私は好みか好みじゃないかは置いておいて、そういうことは多分できないなと思っています」
こう話す宮崎監督の好きな言葉に「地に足がついている」というものがある。映画に向き合うスタンス、映画で表現するスタンスとして、奇をてらうのではなく、生活があるからこそ生まれる言葉、つまり地に足がついた言葉を使いたいという思いだ。
「説明しすぎないということにもつながるのですが、あくまで登場人物の自然な営みに根づいたものでありたい。今回も表現としては古すぎることをコツコツと積み重ねてきただけだと思っています。カメラも生活をそのまま切り取っているというか、ある種、生活をのぞいているくらいの位置を保っていた感じですね」と宮崎監督は真摯に話す。
★内向きの性格が映画館に救われる
大分県で過ごした高校生までは、特に映画に親しんでいたわけではなかった。映画館は年に1、2回、車で連れていってもらうような大イベントで、どちらかというと本を読みふけっているような子どもだった。
大学は第一志望の受験に失敗して早稲田大学の文学部に進学するが、1年間は何もする気が起きなかったという。ただ早稲田には学部の垣根を越えて受講できる講義も多く、映画監督やプロデューサーが対談形式で行う授業を取ったところ、活字の世界とは違う大勢の人間がかかわる芸術ということに興味を持った。2年生になると、3年次から受講できる映像制作実習という講座が新設され、この授業を取るために、映画学校のニューシネマワークショップに通うようになる。
「映像制作実習は結構ヘビーな内容だという前評判を聞いて、映画を全くやったことのない人間がいきなり受けて耐えられるのかなと思ったんです。映画サークルにも入っていなかったし、まずは映像を作るってどういうことか学んで、それでまだ関心を持てるようだったら、3年生になって映像制作実習を受講できるように頑張ろうと考えました」
映画館にも通うようになり、特に大学に近かった早稲田松竹や新宿武蔵野館、テアトル新宿といったミニシアターはお気に入りの場所だった。人と接するのが苦手なのに、自室にいるとどうしても意識が内向きになってしまう。その点、他の対象に集中できる映画館には随分と救われたという。
こうして3年生になって満を持して受講した映像制作実習は、日本を代表する映画作家の是枝裕和監督が講師の一人だった。30~50人の受講生全員が映画の企画を提出し、講師陣にもまれながら数本に絞り込む。最終的にはチームに分かれて撮影し、短編映画にして上映するというのが1年の流れだが、宮崎監督の企画がそのうちの1本に通った。ある若い女性の一夜を描いた「よごと」という、やはり説明を極力排して不思議な余韻を残す作品だが、この短編が早稲田映画まつりで役者賞を受賞したほか、イタリア・ベネチアで開かれたカ・フォスカリ短編映画祭に出品されるなど評価を受けた。
★文化としての福田麻由子という存在
一方、宮崎監督自身は4年生になると映画を撮る環境がなくなってしまったが、それでもまだ映画をやりたいという思いがくすぶっていた。ただ性格的に言って、一人でやっていても完成にまで至ることはないだろう。とりあえず誰かに見せよう、と相談したのが、是枝監督だった。
「是枝さんは尊敬していて、学ぶことも多かったし、個人で作りたいということにきちんと向き合って答えてくださる方でした。当初は40~50代のおじさんがいろんな女性と絡むオムニバスを企画していたのですが、娘とのパートだけ分量が多くて、熱の入れ方が違っていた。それが如実に出ていて、きっと宮崎さんが書きたいのはこのパートのことだと思うから、視点を絞った方が物語として立ってくるよ、ということを是枝さんに言っていただきました」
それが「グッドバイ」になった。主役のさくら役は、脚本を書いているうちに福田麻由子しか考えられないと思うようになる。さくらは器用だけど熱量がなく、割と満ち足りた環境の中で、でも何となく空虚な思いを抱いていた。そんな彼女が、自分では知っているつもりの父親が、実はよくわからない存在だったとなって徐々に熱を帯びていく。という脚本を作っているうち、これまで福田が演じてきたキャラクターと通じることに行き当たった。
「大人になる過渡期みたいなところと福田さんの持つ像が合致して、もう後戻りできないなと思って出演を依頼しました。福田さんを知ったきっかけは、10歳くらいで出ていたテレビドラマの『女王の教室』でしたが、その後もそんなにドラマや映画を見る環境になかった私にも届く作品に出ていたし、自分の中に福田麻由子という存在が文化としてあったんです。さくらの人物造形に関しては、2人でよく話し合ってお互いに理解した上で現場に入ることができました」
★映画に共感や理解はいらない
その福田と約束したのが、絶対に映画館で公開しようということだった。それから3年間、宮崎監督はこの約束を果たすことだけを考えてやってきたと言っても過言ではないという。その実現が、もう目の前に迫っている。
「映画館という場所に救われた人間だったから、やっぱり映画館で流したかった。だから劇場公開は本当に喜びなんですけど、とは言えまだ頭が追いついていなくて」と戸惑いつつも笑顔で語る宮崎監督は、決してさくらに共感してもらおうとは思っていない。
「別に映画に共感や理解はいらないんじゃないかと思っています。この作品に関しては、さくらのことをわからないとしても、みずみずしい存在として後に残ってくれればいいですね。映画って、あの映画館の暗闇の中にずっと身を浸しているわけで、その間に自分が受けたものがずっと残り続ける芸術だと思うんです。瞬間の威力は演劇などと比べて弱いかもしれないけど、身を浸すという意味では、最も環境的に取り込めるものかもしれませんね」と、今ではすっかりとりこになっている映画の魅力を言葉にした。
◆宮崎彩(みやざき・あや)
1995年生まれ。大分県出身。早稲田大学文学部卒。在学中に是枝裕和監督と映画評論家でもある土田環氏が講師を務める「映像制作実習」を受講し、短編「よごと」(2017年)を手がける。初の長編「グッドバイ」は、2020年の大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門、TAMA NEW WAVEある視点部門に選出された。現在は大手映画会社の制作部に勤務。
◆「グッドバイ」(2020年/日本/66分)
監督・脚本・編集:宮崎彩 撮影:倉持治 照明:佐藤仁 録音:堀内悠、浅井隆 美術:田中麻子 ヘアメイク:ほんだなお 衣装:橋本麻未 助監督:杉山千果、吉田大樹 制作:泉志乃、長井遥香 スチール:持田薫 フードコーディネート:山田祥子 整音効果:中島浩一 ダビングミキサー:高木創 音楽:杉本佳一
出演:福田麻由子、小林麻子、池上幸平、井桁弘恵、佐倉星、彩衣、吉家章人 ほか
配給宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト 配給協力:ミカタ・エンタテインメント
2021年4月3日(土)から、渋谷・ユーロスペースなど全国順次公開。
©️AyaMIYAZAKI
映画作りへの思いを語る宮崎彩監督=2021年3月16日、東京都港区(藤井克郎撮影)
初の長編映画となる「グッドバイ」を手がけた宮崎彩監督=2021年3月16日、東京都港区(藤井克郎撮影)