映画にまつわる活動のうち、「作る」「見せる」に関しては、場も人材もそれなりに充実していると思うが、「残す」という部分についてはどれだけの映画ファンが思いをいたしているだろうか。昨2018年4月、それまで東京国立近代美術館の1部門だったフィルムセンターが独立して国立映画アーカイブが発足し、映画の収集、保存、復元に関する基盤が強化されたとはいえ、その重要性が広く知られているとは言い難い。11月15日からは京都市で、情報共有、人材育成を目的にした「映画の復元と保存に関するワークショップ」が開かれるが、今年、中心になって準備を進めているのが、昨年3月までフィルムセンターの主幹を務めていたとちぎあきらさん(61)だ。(藤井克郎)

孤立状態から一歩前へ

 いきなり個人的な話で恐縮だが、私がとちぎさんと知り合ったのは1990年代にさかのぼる。当時、とちぎさんは雑誌「月刊イメージフォーラム」の編集に携わっており、映画、映像に関するさまざまな情報を教えてもらっていた。その後、2003年からは東京国立近代美術館フィルムセンターに勤務。2017年には主幹に就任したが、昨年4月、国立映画アーカイブの発足で退職し、現在は映像関連事業会社「IMAGICA Lab.」のフィルム・アーカイブ事業本部でコンサルティング業務を手がけるかたわら、大学で映像アーカイブの講座を持つなど、多角的に活躍している。ちなみにアーカイブとは、重要な記録を保存、活用することを意味し、アーカイブに携わる専門家のことをアーキビストという。

 今回のワークショップは2006年に大阪で始まった事業で、とちぎさんは翌年の2回目から参加し、フィルムセンターの取り組みについて説明するなどしてきた。京都や神戸など主に関西で毎年開催されており、美術館や研究機関、映像関連企業などで映画映像アーカイブを担当している人に向けて、技術の伝授と情報交換の場として機能している。

「地方で映画映像アーカイブの仕事をしている人が、お互いの活動内容や課題を知る機会は、それまでほとんどなかった。美術館や博物館で映像の資料を持っていても、どうしたらいいかは誰にも相談できない。そんな孤立状態の中で課題を迫られている人が、このワークショップに参加することで、同じように課題を抱えている人がほかにもいて、どうやって乗り越えたかという事例を知ることができる。そこから一歩前に進み出せるのかなという気がします」と、とちぎさんはワークショップの意義について語る。

言葉に変換しきれない感情

 今回、とちぎさんがプログラムを組むに当たって考えたことは、大きく4点ある。1つは企業が支えるアーカイブ技術の紹介。2点目は行政の担当者にアーカイブ活動を理解してもらうこと。3点目は教育や学術面における役割。そして最後は組織への働きかけだ。

「今年のプログラムが全部それを網羅的にできているか、はなはだ自信はないんですけどね」と話すとちぎさん自身、もともとアーカイブに強い関心があったわけではなかった。それどころか、「極端に言えば、映画がなくても生活できるかな、という人間」だと自認する。

「ただ、映画や映像を通して得た感情とかものの考え方は、全部を言葉に変換したらとてもしきれないほど膨大なものだと思う。公文書の管理が大切なのと同じように、映像の資料は、少なくとも20世紀を生きてきた人間にとっては、自らの体験をよみがえらせるための欠かせないメディアではないか」と指摘する。

 その一つの例としてとちぎさんが挙げたのが、10月の山形国際ドキュメンタリー映画祭で見た「光に生きる―ロビー・ミューラー」(クレア・パイマン監督)という作品だ。ヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュの監督作でカメラマンを務めてきたロビー・ミューラーを描いたドキュメンタリーなのだが、ミューラーは仕事以外にもホームムービーをたくさん撮っていた。

「その個人的なビデオイメージが、彼が撮影で携わった作品の中で、こんなふうに生かされてきたということが紹介されている。この映画を見て、あの時代に戻されたような、極端なノスタルジーを感じました」と映像ならではの力に言及する。

 その価値は、ミューラーのように特別な才能の持ち主が撮った映像に限らない。とちぎさんによれば、企業のPR映像や地方のテレビ局がローカルニュースなどで記録した映像、さらに一般家庭のホームムービーの映像など、何も利用されずに埋もれているものが数限りなくあるという。

 さらに地方で窓口になるべき博物館や資料館には、映画の専門家がいることはめったにない。考古学や古文書を研究した人がいても、発掘されたフィルムの利用の仕方、保存の仕方などはわからない。「ましてや放送局のニュース映像が持ち込まれても、どうしようもないというのが現実です」

何となく一生の仕事に……

 その意味では、映像アーキビストの人材育成は急務と言えるが、映画作りを目指す若者はいっぱいいるのに、映画保存に心を寄せる学生は少ないのが現状だ。とちぎさんは現在、日本大学芸術学部と早稲田大学の大学院で講座を持っているが、映画学科の学生でも手ごたえが感じられないという。

 だがあるとき、日本初のカラー作品である「カルメン故郷に帰る」(1951年、木下惠介監督)を授業で見せたところ、数人の学生から「色合いが面白い」と声が上がった。

「初期のカラーはフィルムの中に色素があるのではなく、現像液に色素があって、それをフィルムに定着させていた。その仕組みを使った色合いに何人かが関心を持ってくれて、そのときに思ったのは、映画作りを学ぶ人にとって、こういうものを撮りたいというアイデアはあっても、具体的な見え方、聞こえ方がわかっているわけではないということ。これから作りたいという人に刺激を与えることができる、イメージをインスパイアしてあげられるというのも、アーカイブの役割としてあるんだろうなと感じました」

 とちぎさん自身は、映画の魅力は「普段は意識していない自分のアイデンティティを、絵と音で感じさせてくれること」にあるという。京都大学の学生時代、通っていた名画座のもぎりのおばちゃんが、定番の小津安二郎監督作がかかると、見ず知らずの学生に「あんた、見なあかんで、これは。私なんか今見ても毎回新たな感激を覚えるんやから。はよ見ていき」と呼び込んでいたことを覚えている。

「いつになってもいろんな発見があるのが古典だと思うんです」と、アーカイブの重要性を改めて強調した上で、「何となく一生の仕事になっちゃいましたね」とつぶやいた。

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「映画の復元と保存に関するワークショップ2019IN KYOTO」は、2019年11月15~17日の開催。初日は京都文化博物館で復元映画の上映。2日目は京都経済センターで保存や修復の実習、体験を行った後、太秦の撮影所をめぐって日本映画の現場を見学する。さらに3日目は資料館、博物館などで映像アーカイブに携わる専門家の講義というプログラムが組まれている。

映画映像アーカイブの重要性を力説するとちぎあきらさん=11月1日、東京都品川区のIMAGICA Lab.東京映像センター(藤井克郎撮影)

2018年の「映画の復元と保存に関するワークショップ」参加者