テーマを絞らず、間口を広く 「渇愛の果て、」有田あん監督

 初めての長編監督作で挑んだのは、白黒つけることのできない繊細な題材だった。「渇愛の果て、」は、劇団主宰者として作、演出、役者をこなす有田あん監督(36)が、自らの脚本、主演で家族と友情を見つめた意欲作だ。出生前診断や障害児といった重いモチーフながら随所に笑いを盛り込むなど、誰もが気軽に見てもらえるように工夫を凝らした。「この映画を基にいろんな話題に飛んでもらえたら」と作品に懸けた思いを語る。(藤井克郎)

★難病の子を出産した友人の訴え

 有田監督が演じる眞希は、優しく理解ある夫の良樹(山岡竜弘)とにぎやかで幸せな毎日を過ごしていた。高校以来の親友グループである里美(小原徳子)、桜(瑞生桜子)、美紀(小林春世)と4人で集まると「将来は絶対に子どもが欲しい」と言い続けてきた眞希は、願いがかなって妊娠が判明。迷ったものの出生前診断は受けないことに決め、生まれてくる赤ちゃんを心待ちにしていたが、予定日近くになって体調不良で緊急入院する。何とか出産を迎えたものの、赤ちゃんは難病を患っていた。親友グループに打ち明けられないまま、彼女らが開いてくれた出産パーティーに出席するが……。

 作品のきっかけになったのは2019年ごろ、難病の子どもを出産した友人の話を聞いたことだった。3万人に1人の難病で、そういう病気を抱えた子どものいる家庭がどうやって葛藤を乗り越えたのか、調べたいと思ってもなかなか情報が得られないと打ち明けてくれた。ニュースで頻繁に報じられることはないし、インターネットで探しても見つけにくい。誰かが取り上げてくれたらな。それが友人の願いだった。

「たまにドキュメンタリーでやるくらいで、これだけ情報過多の時代なのに欲しい情報が手に入らない。それを聞いて、ひょっとしたら同じように悩んでいるお母さんはいっぱいいるかもしれない、私がやっている演劇もメディアの一つとして役割を担えるんじゃないかな、と思いました。ドキュメンタリーと比べると演劇や映画はハードルが低く、間口広く見てもらえるだろうし、取り上げてほしいという友人の要望に対する私なりの答えかなって」と有田監督は作品化に至った経緯を口にする。

★舞台化の構想がコロナ禍で頓挫

 当初は主宰する野生児童の舞台にする構想だった。2020年の6月に本番を設定して、2月に出演する舞台が終わったら台本に着手しようと考えていた。

 ところがそのころから新型コロナウイルスの影響で、演劇の公演が次々と中止されるようになり、6月に公演ができるか全く読めない状況になってしまった。「出産や命の話を扱っているのに、出演するみんなやお客さんを危険にさらしながら、それでも見せる意味があるのか。今じゃない気がする」と4月には舞台の中止を発表した。

 ただ当時は演劇界にネガティブな空気が蔓延していて、公演中止を発表するなら同時に何かポジティブなことも想定したかった。そこで思いついたのが映画化だった。4月の中止発表後、すぐにキャスティングとスタッフィングに取りかかり、7月には脚本を完成させる。9月頭には撮影を開始すると同時に、東京都の緊急支援策「アートにエールを!東京プロジェクト」のステージ型サイトで短編仕立てのイベントを配信。実績のない映画では助成金が受けられず、出演者にある程度の保証をしたいという狙いもあった。

「撮影は9月と12月、翌年2021年の3月と3回に分けて行いました。その年の10月にはゼロ号試写をしたのですが、翌年の1月には追加撮影して、再編集してと、かなり時間をかけましたね。ゼロ号試写のときはクラウドファンディングで協力してくれた人にも見てもらったのですが、この表現はばかにされた感じがした、みたいな意見もあって、それは本意ではないので、だいぶ見直しました。今年の3月にも編集さんと相談して8秒ほど切ったのですが、ぎりぎりまでやっていました」と苦労の跡を振り返る。

★いろんな考えのどれもが正解

 慎重に慎重を期したのは、テーマの重さと同時に、前向きの明るい要素を盛り込みたいという思いがあったからだ。

「一つの考えだけを主張する映画にはしないというのは、最初の構想の段階からありました。たくさんの例を作品に込めて、どう思うかはご自身で、というふうにしたかった。確かにコメディータッチの部分とドラマのバランスはめちゃくちゃ難しかった。でもきっかけになった友人にも脚本の段階からチェックしてもらっていて、この映画を多くの人に見てもらいたい、私も広める、と言ってくれています」

 作品化に当たっては、友人のつてなどを頼って、障害のある子どもを抱えた家族をはじめ、助産師、産婦人科医、社会福祉士といったさまざまな立場の人に取材。コロナ禍だったこともあってオンラインでのやりとりだったが、少なく見積もっても約40人から貴重な意見、思いを聞いて脚本に反映した。いずれも、この映画で考える機会を持ってもらえるのはうれしい、と進んで協力してくれたという。

「とにかくいろんな考え方があるんですよ、ということです。障害と言っても、難病の子もいれば、自閉症の子もADHDの子もダウン症の子もいろんなパターンがあって比較なんてできないし、子どもは絶対に産んだ方がいいと言うつもりもなければ、中絶はだめというメッセージを込めたわけでもない。どう思ってもらっても全く構わないし、どれも正解ですって感じですね」

★募集していない劇団にどうにか入団

 お芝居との接点は、生まれ育った大阪の保育園時代までさかのぼる。「ブレーメンの音楽隊」でニワトリを演じたのが初めての経験で、次に扮したのは「シンデレラ」の意地悪なお姉さん役だった。テレビではアニメよりもドラマが好きで、母親の影響で「暴れん坊将軍」や「桃太郎侍」といった時代劇に夢中になる。映画も3人の兄、姉と一緒にビデオでむさぼるようにして見たが、大学進学に際して選んだのは、芸術系ではなく立命館大学の国際関係学部だった。

「母親が台湾出身ということもあって、海外のことを知りたいという気持ちがあった。演劇もやりたかったけど、高校の世界史の先生に『勉強できるのも学校ならではやで。勉強しながらサークル活動をするのもいいんちゃうか』と言われて……」

 こうして大学で勉強しながら演劇サークルを続ける中で、劇団☆新感線や演劇集団キャラメルボックスなどの芝居に触れてますます舞台のとりこになる。中でも引かれたのが劇団鹿殺しで、座長の菜月チョビが講師を務めると聞き、ENBUゼミナールを受講するために上京。卒業後は劇団鹿殺しに入団して、本格的に俳優の道を歩み始めた。

「劇団員は募集していないと言われたので、それしか道はなかったんです。ただENBUゼミナールでは短編の大会を定期的にやっていて、そこで初めて作、演出をやるという経験をした。そこからだんだんと自分で書いて演出するというのになじんできたのですが、映像の監督は全く考えていませんでしたね」

★語らないシーンこそ語るという魅力

 やがて個人で「野生児童」と銘打って、トークイベントなど演劇以外の活動もやるようになり、2019年には短編映画「光の中で、」を初監督。今回の初長編「渇愛の果て、」につながっていった。

「脚本を書くときに思ったのは、実景を入れたり時間を飛ばしたりするのは映像ならではだな、と。風景を見るのが好きなので、桜など季節ごとの花を撮ったり、朝日とか空とか入れたりできるってめちゃくちゃうれしくて……。それと語らないシーンこそ語るというのは映像ならではだなって。舞台だと大きな劇場で後ろの方から表情まで見えるかというのはあるけど、映像だと夫婦が悩んでいるシーンを一人ずつ交互に映し出すなど、せりふがなくても演出で見せることができる。表情のアップだけで十分に語ることができて、それはめっちゃ面白いなと思いました」

 それに映画という媒体は、時間も場所も客層も超えて、幅広く見てもらえるという利点がある。「渇愛の果て、」も、子どもがいるいない、ほしいほしくない、女性男性にかかわらず、とにかくいろんな人に見てもらいたいと思っている。

「不特定多数の人に見てもらえるのは映画のよさだと思う。データで持っていくだけでできるから学校上映もしやすいし、小中高校生にも見てほしい。見た上でどう受け取るかは正解がないですからね。この映画を基にいろんな方向に話が飛んで、自由に語り合ってもらえたらな、と思っています」

有田あん(ありた・あん)

1987年生まれ。大阪府出身。立命館大学新演劇研究会劇団月光斜で芝居を始める。2011年に上京し、ENBUゼミナールで作、演出にも取り組み、学内大会で作品賞を受賞。卒業後、劇団鹿殺しの劇団員となる。2015年、プロデュースユニット野生児童を旗揚げ。2019年に短編映画「光の中で、」で初監督。俳優としての出演作に映画「犬も食わねどチャーリーは笑う」(2022年、市井昌秀監督)、テレビドラマ「うちの弁護士は手がかかる」(2023年、フジテレビ)などがある。

「渇愛の果て、」(2023年/日本/97分)

出演:有田あん、山岡竜弘、輝有子、小原徳子、瑞生桜子、小林春世、大山大、伊藤亜美瑠、二條正士、辻凪子、烏森まど、廣川千紘、伊島青、内田健介、藤原咲恵、大木亜希子、松本亮、関幸治、みょんふぁ、オクイシュージ

監督・脚本・プロデュース:有田あん

監修医:洞下由記 取材協力:高杉絵理(助産師サロン)

撮影:鈴木雅也、谷口和寛、岡達也 編集:日暮謙 録音:小川直也、喜友名且志、西山秀明 照明:大崎和、大塚勇人

音楽:多田羅幸宏(ブリキオーケストラ) 歌唱協力:奈緒美フランセス(野生児童) 振付:浅野康之(TOYMEN)

ヘアメイク:佐々木弥生 衣装監修:後原利基 助監督:藤原咲恵、深瀬みき、工藤渉 制作:廣川千紘、鈴木こころ、小田長君枝

字幕翻訳:田村麻衣子 配給協力:神原健太朗 宣伝美術・WEB:金子裕美 宣伝ヘアメイク:椙山さと美 スチール:松尾祥磨

配給:野生児童

2024年5月18日(土)から東京・新宿K’s cinemaなど全国で順次公開

©野生児童

「とにかく知ることが大事」と映画化の意図について語る有田あん監督=2024年4月29日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)

「とにかく知ることが大事」と映画化の意図について語る有田あん監督=2024年4月29日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)

映画「渇愛の果て、」から。妊娠したことがわかった眞希(右、有田あん)は夫の良樹(山岡竜弘)と喜び合うが…… ©野生児童

映画「渇愛の果て、」から。高校来の友人グループが眞希と良樹夫婦の出産を祝ってパーティーを開いてくれたが…… ©野生児童