「IGUANA TOKYO-イグアナ トウキョウ-」も初公開 「映画に愛される街、TOKYO!」開催

 世界の映画作家の目に映る東京のイメージとは――。アカデミー賞候補にもなったヴィム・ヴェンダース監督の新作「PERFECT DAYS」をはじめ、東京の街は海外の映画人によってさまざまに描かれてきた。そんな東京を舞台にした外国映画の上映企画「映画に愛される街、TOKYO!-アート・キッチュ・エキゾチズム-」が、東京・渋谷のユーロスペースで開催されている。スイスのダニエル・シュミット、台湾のホウ・シャオシェン、イランのアッバス・キアロスタミら名匠、巨匠の名作、傑作が連なる中、日本初公開となるのがトルコのカアン・ミュジデジ監督作品「IGUANA TOKYO-イグアナ トウキョウ-」だ。初日の3月16日(土)にはトルコから駆けつけたミュジデジ監督も舞台挨拶に登壇し、「日本での映画制作はすてきな経験だった。こうして日本で公開することができて誇りに思う」と笑顔を見せた。(藤井克郎)

★日本に腰を据えて映画づくりに挑んだカアン・ミュジデジ監督

「映画に愛される街、TOKYO!」では、外国生まれの監督による東京が舞台の12作品が上映される。「ラ・ジュテ」で知られるクリス・マルケル監督の実験的ドキュメンタリー「不思議なクミコ」(1965年)や、ヴィム・ヴェンダース監督が小津安二郎監督にオマージュを捧げた「東京画」(1985年)、ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノの3監督によるオムニバス「TOKYO!」(2008年)など、それぞれの視点で東京を見つめた個性豊かな作品がそろった。

 そんな中で異彩を放つのが、これが日本初お披露目となる「IGUANA TOKYO-イグアナ トウキョウ-」(2022年)だ。ミュジデジ監督は、長編デビュー作の「シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語」(2014年)がベネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞した世界でも注目の映画作家で、東京国際映画祭で来日したときに東京の街に魅せられ、日本での映画づくりに向けて腰を据えて取り込んできた。2017年には制作のための足がかりとして、東京都歴史文化財団のアート施設「トーキョーアーツアンドスペース」が手がける国際文化交流プログラムで3カ月間、都内に滞在。翌2018年5月にはその成果として、「IGUANA TOKYO」のインスタレーション作品を「レジデンス2018成果発表展」で発表している。

 記者はこのとき、東京都文京区にある「トーキョーアーツアンドスペース本郷」での展示会を取材に行って、ミュジデジ監督にインスタレーション作品に加えて映画の構想についても話を聞いた。監督によれば、映画の主題は「時間と空間」になるとのことで、「東京はその2つを表現するのにとても適した街だと思う」と話していた。

 監督の構想はこうだった。映画の主人公はドイツ人の夫とトルコ人の妻と2人の息子であるトウキョウの3人家族で、東京の狭いマンションでそれぞれの空間を奪い合うゲームを繰り広げている。そんな三者三様の思いを、ペットのイグアナの視点で描き取るというものだ。

「東京ではインターネットカフェやファミリーレストランといった狭い空間で、本や漫画を読んで一日を過ごす人がいる。よその国の人間からしたら、それはまるでゲームのように見える。家族で過ごす時間とは違った現実であり、そういう現実感が得られるのは世界でも東京だけだと思う」とミュジデジ監督は指摘していた。

★狭い空間での空虚な家族関係を見つめるイグアナ

 あれから6年。ようやく目にすることができた「IGUANA TOKYO」は、当初の構想からは若干の違いは出ていたものの、時間と空間というテーマは変わらずに、今の東京のゲーム性、無機質さをアーティスティックに表現した意欲的な作品になっていた。

 主人公が3人家族というのも構想のままだが、トウキョウは息子ではなく娘で、3人は東京のビル街を望む高層マンションの部屋で、バーチャルリアリティー(仮想現実)を駆使したバトルゲームに興じる。ゲームをしている3人は全く楽しそうではなく、夫婦仲はとうに冷め切っている。ゲームを離れると、3人で連れ立って森の奥や水辺などに出かけたりもするのだが、どこまでが現実でどこが夢の世界なのかは曖昧だ。そんな家族の姿をペットのイグアナは、決して感情を表に出すこともなく、ただじっと見つめていた。

 3人に手持ちカメラで肉薄し、ほぼ全編をクロースアップで押し通した映像は極めてスタイリッシュで、まさに近未来の無機質な東京を想起させる。一方で神田川と思しきビルの谷間の川をボートで下っていく光景や、断崖絶壁の岩肌を流れ落ちる幾重もの滝の流れなど、全体を通して水がキーワードとなり、家族の隙間を埋めていく。孤独の渇きと雑多な潤いが同居するこれらの断片がミュジデジ監督のイメージする東京で、和楽器を用いた音楽も加味して、見る側に自由に読み取ってもらえばいいということなのだろう。

 実は撮影現場も2019年3月に取材で訪れている。千葉県市川市にあるペット霊園でのロケで、カメラはベルリン国際映画祭の金熊賞受賞作「心と体と」(2017年、イルディコー・エニェディ監督)で撮影を務めたハンガリー出身のマーテー・ヘルバイ、出演は北マケドニア出身のエルタン・サバーンにトルコのサーデー・アクソイとデニス・ウルク、さらに音声やメイクなど日本人スタッフも加わり、国際的な混成チームで臨んでいた。撮影の合間にはケバブやハンバーガーなどを口にするスタッフもいて、和気藹々とした空気感が漂う。ミュジデジ監督も「天気もいいし、雰囲気も申し分ない。全てが順調です」と実にうれしそうだった。

★表向きの親切の裏に潜んでいるかもしれない不気味な影

 3月16日(土)の日本初上映の壇上、挨拶に立ったミュジデジ監督は、映画の企画意図について「初めて来日したとき、人々が制限された空間をうまく使って生活をしていることに興味を持ちました。ゲームセンターなど1平方メートルくらいの小さなスペースの中でみんな楽しそうに遊んでいて、狭い空間に無限の可能性を秘めている。日本で生まれた人にとっては、この空間は日常で当たり前なのかもしれません。でも外国人にとっては強いストレスがあり、その認識の違いを一つのテーマにして描いています」と説明。中でも堀や川といった水の流れがビルの密集する中を環状に循環していることや、ほとんど動きがない中でわずかな動作が強烈な意味を持つ能舞台など、東京で感じた時間と空間に刺激を受けてこの作品が紡がれていったという。

「日本人は基本的にみんな親切でマナーがいい。でもこれだけたくさんの人が東京という制限された空間に密集して住んでいることを考えると、表向きの顔の裏側に何か影のようなものがあるんじゃないかと想像する。それが本当にあるかどうかわからないが、そんな不気味な感覚に魅力を感じたというのもこの映画を撮った理由の一つです」と語って、日本での初上映に満足そうな笑顔を見せていた。

 特集上映企画「映画に愛される街、TOKYO!-アート・キッチュ・エキゾチズム-」は3月29日(金)までユーロスペースで開催。

「IGUANA TOKYO-イグアナ トウキョウ-」初上映後の舞台挨拶で映画の狙いについて語るカアン・ミュジデジ監督(左から2人目)=2024年3月16日、東京都渋谷区のユーロスペース(藤井克郎撮影)

撮影現場でイグアナと対面するカアン・ミュジデジ監督(左から2人目)=2019年3月13日、千葉県市川市の市川ペット霊園(藤井克郎撮影)

カアン・ミュジデジ監督のトルコ、日本、ドイツ合作映画「IGUANA TOKYO-イグアナ トウキョウ-」のワンシーン ©COLOURED GIRAFFE_trixta_ASTEROS.