今の日本を改めて見つめ直すきっかけに

 世界の映画人のリアルな交流の場が復活――。第35回東京国際映画祭が2022年10月24日(月)から11月2日(水)まで、10日間にわたって開催される。会場は昨年から日比谷、有楽町、銀座エリアに移転したが、今年はさらに上映館を拡大。上映本数も昨年の86本から110本と大幅に増えるほか、国際審査委員をはじめ、出品作品の監督や出演者ら海外から大勢の来日が予定されている。9月21日には東京ミッドタウン日比谷でラインナップ発表記者会見が開かれ、安藤裕康チェアマンは「この2年間、コロナによる水際対策の厳格化で、海外の映画人の来日が限定されていた。今年はようやく自由になりつつあるようで、少しにぎやかな映画祭になれるかなと思っている」と期待を口にしていた。(藤井克郎)

バラエティーに富んだ世界の映画人との交流も

 主要9部門にわたって繰り広げられる映画祭の中でもメインとなるコンペティション部門は、今年は15本の作品が選出された。キルギスのアクタン・アリム・クバトや北マケドニアのミルチョ・マンチェフスキ、スペインのカルロス・ベルムトといった日本でもおなじみの監督の新作のほか、長編デビュー作となる監督作品など幅広いラインナップとなっている。製作国もチリ、チュニジア、キプロス、カザフスタン、スリランカとバラエティーに富んでいるが、日本映画は今泉力哉監督の「窓辺にて」、福永壮志監督の「山女」、松永大司監督の「エゴイスト」と3本が選ばれた。

 発表記者会見には、この3監督も姿を見せた。コンペティションは「愛がなんだ」(2019年)に続いて2度目の選出となる今泉監督が「いろんな地域の作品と並んで見てもらえるし、審査員もいろんな国の人がいて、作品にとってもプラスになる」と話せば、初めての参加となる福永監督は「映画祭は発表の場であるとともに、映画文化だとかいろんなものを発信する場だと思う。シンポジウムなどのイベントで出会った人と交流して、次につなげる経験ができれば」と期待を寄せる。またオムニバス映画を共同制作する企画「アジア三面鏡」の監督として東京国際映画祭に参加したことがある松永監督も「この『エゴイスト』という映画を初めて一般の人に見てもらう場にもなるので、どういう反応になるのかがとても楽しみです」と話していた。

 コンペティション部門は、「フリーダ」(2002年)や「アクロス・ザ・ユニバース」(2007年)などの監督として知られるアメリカの演出家で映画監督のジュリー・テイモアを委員長に、韓国の俳優、シム・ウンギョン、ポルトガルの映画監督、ジョアン・ペドロ・ロドリゲス、日本の撮影監督、柳島克己、フランスの元アンスティチュ・フランセ館長、マリークリティーヌ・ドゥ・ナヴァセルの5人が審査を務め、クロージングセレモニーでグランプリ作品などが発表される。

映画や芸術は人々の苦しみや悲しみに寄り添う

 その他の部門は、アジアの若手監督によるコンペティション「アジアの未来」に、日本公開前に世界の話題作を紹介する「ガラ・セレクション」、海外に紹介されるべき生きのいい日本映画を集めた「Nippon Cinema Now」など、幅広いラインナップになっている。また旧作でも、今年3月に他界した青山真治監督の特集や、デビュー30周年を記念した台湾のツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督の特集、さらに「台風クラブ」(1985年、相米慎二監督)や「DOOR」(1988年、高橋伴明監督)といったディレクターズ・カンパニーの作品、「黒澤明の愛した映画」と銘打って「ミツバチのささやき」(1973年、ビクトル・エリセ監督)や「フィッツカラルド」(1981-1982年、ヴェルナー・ヘルツォーク監督)などの上映も行われる。

 映画祭の顔となるフェスティバル・アンバサダーは、2021年から2年続けて俳優の橋本愛が務める。会見に登壇した橋本は「光栄なことで、役目を果たさなければと気が引き締まる思いです」と話しつつ、2年目ということもあり、今の日本映画界に立ちはだかるさまざまな課題についても自分の気持ちを話すことができたらと抱負を口にする。

 例えば映画界に限らないものの、ハラスメントや労働環境などの問題が噴出していることに関して、世代間の溝を埋める必要があるのではないかと持論を述べる。「上の世代の方々が、積み重ねてきたものを守り抜いていこうとか、自分の功績に誇りを持ってものづくりに関わっているとか、それはとても素晴らしいことだと思う。一方で下の世代の若い人たちの声をちゃんと聞こうという姿勢も、お互いに声を聞き合う姿勢も、大事なことなんじゃないか。若い世代も、自分の声が押し殺されることを何度も経験してきた中で諦めそうになっているところはあるかもしれないが、めげずに自分の意見を伝えていく、ちゃんと伝わるように伝えるスキルを磨いていくことが必要だと思う。お互いが歩み寄って、前よりもっと素敵な映画を作る環境になってくれたらいいなという願いがあります」と力を込める。

 さらに映画や映画祭は、さまざまな立場の人々の声をすくい上げて、広く世の中に知らしめることにもつながるものだ。例えば同性婚やLGBTQ(性的少数者)への理解や地球環境問題への意識が日本では世界と比べてまだ低い傾向があり、歴史や伝統を守っていくのも素晴らしいが、その過程でこぼれ落ちてしまうような人たちの苦しみや悲しみに寄り添って、それでも生きていてほしいという気持ちを込めて作っていくのが、映画であり芸術でもあるのではないかと指摘する。

「そうやって助け合いながら、いつの間にか世界がちょっとよりよくなる。そのお手伝いを、映画を通してできたらいいのかな、と思います。世界に開かれるまたとない機会である東京国際映画祭で、今の日本のすてきなところと、少し改善した方がいいのではないかと思われるところを、改めて見つめ直すきっかけになってくれたらいいなと、個人的には思っています」

フェスティバル・アンバサダーの橋本愛(左から2人目)を挟んで緊張した面持ちの今泉力哉、福永壮志、松永大司(左から)の各監督=2022年9月21日、東京都千代田区(藤井克郎撮影)

2年連続でフェスティバル・アンバサダーを務める橋本愛=2022年9月21日、東京都千代田区(藤井克郎撮影)