コロナ禍でしんどい気持ちの癒やしになれば
「越境」をテーマに、さまざまな分断を乗り越える――。34回目を迎える東京国際映画祭のラインナップ発表記者会見が9月28日(火)、東京・日比谷のBASE Qホールで開かれ、フェスティバル・アンバサダーを務める女優の橋本愛らが出席。17年ぶりに開催地とプログラミング・ディレクターが変更となる新たな映画祭の魅力をアピールした。(藤井克郎)
今年の東京国際映画祭は10月30日(土)から11月8日(月)までの10日間、日比谷、有楽町、銀座地区のシネスイッチ銀座、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町などを会場に開かれる。昨年までのメイン会場だった六本木から開催地が変わるほか、プログラミング・ディレクターも昨年まで東京フィルメックスのディレクターを務めていた市山尚三さんが新たに就任。各部門も若干の変更が施され、目新しさが前面に打ち出された。
メインのコンペティション部門の上映作品は15本。会見に出席した市山ディレクターによると、これまでのアジアでの初上映というアジアプレミアの条件を廃し、作品重視で選出したが、結果的には図らずも11本がワールドプレミア、4本がアジアプレミアの作品が選ばれた。アジアを中心にベテランから若手まで幅広い監督の作品がそろい、女性監督は共同監督も含めて4人にとどまったものの、半分以上が女性を主人公にした作品になっている。
「それも結構、今の社会の秩序に対して戦うという作品が多く、それはもしかしたら今年の傾向かもしれません。ただ別に意図して選んだわけではなく、結果的にそうなっていたのですが」と市山さん。日本映画は2本が選出され、松居大悟監督の「ちょっと思い出しただけ」と野原位監督の「三度目の、正直」がいずれもワールドプレミアで上映される。
このほか、昨年までの「日本映画スプラッシュ」部門がなくなり、「アジアの未来」部門に集約。同部門の10作品のうち、日本映画は奥田裕介監督「誰かの花」、安川有果監督「よだかの片想い」の2本が選ばれた。
また「特別招待作品」部門に代えて「ガラ・セレクション」部門、「Japan Now」部門に代えて「Nippon Cinema Now」部門が登場するほか、「TIFFシリーズ」部門を新設。これはテレビ放映やインターネット配信などのシリーズものを紹介する企画で、シンガポールのエリック・クー監督が企画する「フォークロア・シリーズ2」から松田聖子監督作品など2本と、台湾の動画配信サイト製作のミニシリーズ「最初の花の香り」を上映する。
コンペティション部門の国際審査委員は、フランスの女優、イザベル・ユペールを委員長に5人で務める。ユペールは「ほかの審査委員の皆さんと一緒に劇場で入選作を見ることを楽しみにしています」とメッセージを寄せた。
この日の会見には、「Nippon Cinema Now」部門で特集が組まれる吉田恵輔監督も登壇した。現在、新作の「空白」が公開中の吉田監督は「あんまり選ばれるタイプじゃないので、これ、僕でいいんですか、みたいな気持ち」と打ち明けつつ、「映画監督を目指して頑張っていると嫌なこともあって、映画のことを嫌いになる瞬間もあったが、これだという1本に出合うとまた急に映画好きに戻った。自分も誰かが映画離れをしたときに戻ってくる1本を作れるようになりたいなと思います」と映画への思いを語る。
今回の映画祭は、テーマの1つに「越境」を掲げる。安藤裕康チェアマンによると、コロナ禍の中、経済格差などさまざまな分断、断絶が起きている今、映画によって考える材料を与えて、観客と一緒になって現代の課題に向き合っていきたいとしている。
アンバサダーを務める橋本愛は「もちろん人体の危機を医療が救ってくれるというのはあるが、芸術というのは心の命を救ってくれるものだと思っていて、どっちが死んでも駄目なんだという意識が強くあります。だから文化芸術が早急に必要なものではないという考えに触れると苦しいし、今しんどい気持ちでいる人には映画があるよ、芸術があるよと言いたい。触れることで、少しでも癒やしを得てもらえたら」と映画の重要性を説いていた。
第34回東京国際映画祭のラインナップ会見に登場した吉田恵輔監督(左)とアンバサダーの橋本愛=2021年9月28日、東京都千代田区のBASE Qホール(藤井克郎撮影)
第34回東京国際映画祭のラインナップ会見で質問に答える市山尚三プログラミング・ディレクター(左)と安藤裕康チェアマン=2021年9月28日、東京都千代田区のBASE Qホール(藤井克郎撮影)