自分の感性を信じて叫び続けていたら、いつか必ず誰かにつながる

「感動の大量生産工場で作られたような映画しか存在しない社会はかなりまずい。作家の切実な問題意識や表現欲求があるならば、たとえ誰にも理解されないとしても、その映画は存在するべきだと思います」。2023年9月22日(金)、東京・銀座のコートヤード・マリオット銀座東武ホテルで行われた「PFFアワード2023」の表彰式で、最終審査員の一人、石井裕也監督は、こんな言葉で映画づくりにかける若い監督にエールを送った。

 9月9日(土)から2週間の日程で繰り広げられた自主映画の祭典、第45回ぴあフィルムフェスティバルの東京開催。昨年は恥ずかしながら一度も会場の国立映画アーカイブ(東京都中央区)に足を運ぶことができなかったが、今年は何とか2つの上映プログラムとPFFアワードの表彰式に参加して、その熱気の一端に触れることができた。

★プロが狙ってもできない躍動感が自主映画の魅力

 コンペティション部門のPFFアワードは、557作品の応募から22作品が入選し、8つのプログラムに分けて上映。最終審査員は石井監督のほか、映画「ある男」などの石川慶監督、作家の岸田奈美さん、プロデューサーの國實瑞惠さん、イラストレーターの五月女ケイ子さんが務め、グランプリなど各賞が選出された。

 副賞100万円のグランプリに選ばれたのは、中野晃太監督の110分の長編作品「リテイク」だった。1987年生まれの中野監督は、映像制作のワークショップを開催しながら映画づくりを手がけていて、この作品もワークショップの参加者らとともに制作。当方はグランプリ受賞後にオンラインで視聴したが、映画づくりにいそしむ高校生の思春期特有の心の揺れを、何度も何度もリテイクを繰り返す映画ならではの独創的な技法で織り上げた意欲作に仕上がっている。

 表彰式で、審査員の石井監督から「一番の僕のポイントは俳優の躍動感で、これはプロが狙ってもできないバランス。その奇跡も自主映画の大きな魅力なのかなと思って、この作品を推しました」との講評を受けた中野監督は「この作品自体、キャストはじめみんなで相談しながら撮っていた。途中でシナリオを書き加えたりしてくれて、そういうこともこういう結果につながったのかなと思うと、改めて感慨深い」と出演者やスタッフに感謝していた。

★映画づくりが大好きな人たちと笑いながら撮影

 ほかにも準グランプリや審査員特別賞、観客賞など計8作品に賞が贈られたが、これら各賞受賞者に与えられるのがPFFスカラシップ挑戦権だ。新作の企画を製作から公開までプロデュースしてくれるプロジェクトで、過去には橋口亮輔監督「二十才の微熱」、熊切和嘉監督「空の穴」、李相日監督「BORDER LINE」、荻上直子監督「バーバー吉野」、内田けんじ監督「運命じゃない人」、石井裕也監督「川の底からこんにちは」といった名作が次々と誕生している。

 今回のPFFでは、第29弾となるスカラシップ最新作の岡田詩歌監督「恋脳Experiment」の世界初お披露目上映があったが、これがとんでもなく素晴らしい作品で、この場に立ち会うことができた幸運に興奮を覚えたほどだ。

 ストーリーはというと、未見の人には絶対に言ってはいけないであろうくらいの驚きに満ちている。いくつかの章立てで構成されているのだが、その構成自体に不思議があるというか、途中までは各章がばらばらのように見えて、実は一貫した物語を形づくっていることがわかってくる。そのパズルのピースがはまっていくときのすがすがしさは、なかなか映画では得難い感覚だ。

 それぞれの章でもある程度は完結しているし、さらにそこかしこに緩いユーモアが込められていて大いに笑わせる。映像的にも一辺倒の創意工夫ではなく、クロースアップで役者の表情に迫ったかと思えば、ワンカットの長回しで自由な会話をさせる。前衛アートにアニメーションにコンテンポラリーダンスにと、あらゆる表現手段をちりばめて、その上にパワハラや女性蔑視などの社会性も盛り込んでいる。

 岡田監督がPFFアワードで受賞したのは2021年、「Journey to the母性の目覚め」での審査員特別賞で、5分のアニメーション作品だった。このスカラシップ作品が初の実写映画だそうで、上映後、出演者の祷キララ、平井亜門、中島歩とともに登壇した岡田監督は「スタッフさん、キャストさんとも、本当に作品を作り上げることが大好きな方たちで、そういう方々に支えられて、ずっと笑いながら撮影をするという楽しい日々でした」と振り返っていたが、何とも末恐ろしい新人監督が現れたものだ。

★映画は永遠に生き続けて、必ず見る人がいる

 もう一つ特筆すべきは、招待作品部門で1970~80年代の自主映画を特集したことだ。プログラム選定を担ったPFFディレクターの荒木啓子さんによると、5年後の第50回に向けて自主映画の歴史を整理したいという思いがあり、その初年度としてPFFがスタートした70年代から80年代にかけて作られたとっておきの自主映画が上映された。そのうちの1プログラム、昨年死去した大森一樹監督の8ミリ作品6本を視聴したが、高校時代の「革命狂時代」(1969年)や京都府立医大時代に手がけた実験的な「ヒロシマから遠く離れて」(1972年)など、粗削りながらも大森映画の源泉に触れることができた。

 PFFアワードの表彰式で司会を務めた荒木さんは、今後も自主映画出身の監督による過去の8ミリ作品をデジタル化して後世に残していくと明言。「改めて思うのは、映画は永遠に生き続けている、50年前、100年前、120年前の作品が私たちの前に新鮮な姿で現れて、それを必ず見る人がいる、ということです。必ず見る人がいるということは素晴らしいこと、楽しいことだと思って、どんどん想像の翼を広げて映画を作り続けてほしいと思います」と、若い自主映画の監督たちに語りかけた。

 PFFの出身で、この10月には「月」と「愛にイナズマ」の2作品が相次いで劇場公開される石井監督は、冒頭に記した「感動の大量生産工場で作られたような映画しか存在しない社会」への懐疑の後、こう続けた。「監督や表現者の皆さんは、自分が面白いと思う感性を信じてほしい。そうして世界に向けて叫び続けていたら、いつか必ず誰かにつながる。感動の大量生産工場で作られた映画に疑いを持ち、自主映画にも興味を持つ人がこの社会に増えることを願っています」

 PFFアワード2023の入選作品は、10月31日(火)までオンラインで配信。第45回ぴあフィルムフェスティバル2023は、10月14日(土)から22日(日)まで京都文化博物館(京都市中京区)でも開催される。(藤井克郎)

PFFアワード2023でグランプリを受賞した「リテイク」の中野晃太監督(左から2人目)と出演者の麗(同3人目)、タカノ アレイナ(右端)。左端は最終審査員の石井裕也監督=2023年9月22日、東京都中央区のコートヤード・マリオット銀座東武ホテル(藤井克郎撮影)

PFFスカラシップ作品「恋脳 Experiment」のお披露目上映に参加した岡田詩歌監督(左端)と、出演者の祷キララ(左から2人目)、平井亜門(同3人目)、中島歩(右端)=2023年9月15日、東京都中央区の国立映画アーカイブ(藤井克郎撮影)