完全制覇で得たものは、多種多様な刺激だった。今年で41回目を数える自主映画の祭典、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)が9月21日まで、東京・京橋の国立映画アーカイブで開催中だが、メインプログラムのコンペティション部門「PFFアワード2019」の入選作は、ひとまず15日で上映が終了。長編短編合わせて18本の生きのいい作品がスクリーンを彩った。今年は初めて全入選作の上映に立ち会ったが、改めて思ったのは、一言で自主映画と言っても千差万別、実に多彩な作品が選び出されているということだ。
PFFの歴史は1977年にさかのぼる。「第1回ぴあ展」の中の映像部門として77本の応募の中から12本の入選作が上映されたのが最初だった。
その後、森田芳光監督、石井岳龍監督、犬童一心監督ら、日本映画界を牽引することになる名監督が次々と輩出。第4回からは名称を「ぴあフィルムフェスティバル」と改め、応募数も1985年には760本と、映画作りを目指す若者の登竜門として貴重な存在になっていく。
記者が産経新聞の映画担当になったのは、そんな評価が定着してきた1992年のことだった。この年の12月に東京・日比谷のシャンテシネ(現TOHOシネマズシャンテ)で開かれた第15回PFFを前に、ディレクターの荒木啓子さんのほか、審査員を務めた大島渚監督や松岡錠司監督に取材。自主映画を取り巻く環境の厳しさ、今後の課題などについて記事にした。
この年は、期間中にPFFアワードの入選作を観ることはほとんどできなかったが、年を経るごとに、いつかはたっぷりと劇場に入り浸って、審査員気分になって味わいたいという思いがだんだんと強くなった。惜しかったのは昨年で、入選作を決める最終判断となる二次審査に2日間、密着取材を敢行。自分の推し作品を熱く語るセレクションメンバーの弁舌を耳にして、これは全作品を観なくっちゃと、仕事の合間を縫ってせっせと国立映画アーカイブに通い詰めたが、18作品8つのプログラムのうち、最後の1プログラムが始まる直前に女優の樹木希林さんの訃報が届き、やむなく会社に駆けつけた。
さて、今年である。ついに念願の全8プログラム18作品を制覇して思うのは、よくぞこれほどまでに幅の広い作品が集まったなということだ。上映時間は、最短で7分から長いのは113分の長編までと全くのバラバラ。ジャンルもアニメーションあり、ドキュメンタリーあり、さらには全編モノローグだけの短編ありと、芸術性、娯楽性、社会性のありとあらゆる要素が入り乱れている。この中からグランプリをはじめとした受賞作品を決めなければならない審査員はさぞや大変だろう。
刺激的な作品が次々と登場する中、特に印象に残ったのが、中尾広道監督の「おばけ」だ。これは中尾監督がほぼ一人で作り上げた長編で、なかなか言葉では説明にしにくい極めてユニークな構成になっている。監督自身が公園を自転車で走ったり、山の奥深くに分け入ったりする映像を、どこか遠い宇宙の星が観て、ああだこうだと関西弁で論評しているかと思えば、宇宙の星々をコマ撮りアニメで表現したり、鉄道模型を走らせたりと、まあこんなへんてこな映画は今まで観たことがない。この発想とセンスにはとにかく唖然とした。
ユニークさで言ったら、逵真平監督の「自転車は秋の底」も負けてはいない。いきなり自転車が主人公を襲ってくるという話で、無人の自転車が迫りくる映像といい、怖がっているのかどうなのかよくわからない主人公の表情といい、これぞ自主映画といった手作り感とチープ感にあふれている。ラストの唐突さも驚きだ。
ほかにもいかにも自主映画らしい素朴なタッチの作品に、意欲作が多かった気がする。加藤紗希監督の「泥濘む」は、姉が海外赴任から自宅に帰ると、妹が見知らぬ男女を家に連れ込んでいて、しかも図々しい彼らに対して気弱な妹は何も言えない、というシチュエーションが笑えて怖い。また清水啓吾監督の「きえてたまるか」は、音楽をモチーフに創作の原点に触れるような作品だが、CDづくりにいそしむ女性2人の緩い態度と、彼女らが遭遇する人々の不思議な行動で、何とも脱力系の芸術作品に仕上がっている。全編ポルトガルで撮ったロードムービーの桑山篤監督「フォルナーリャの聖泉」、ガラスに描いた絵具のザクっとした風合いが印象的なキヤマミズキ監督のアニメーション「くじらの湯」なども独特の魅力をたたえている。
一方で、完成度が高く、今すぐにでも劇場公開できそうな作品もあったが、そういう方が刺激性は薄いように感じた。今年の最終審査員は、俳優の斎藤工、映画監督の白石和彌、プロデューサーの西川朝子、写真家の野村佐紀子、映画監督の山下敦弘の5人で、9月20日にグランプリなどの受賞作品が発表される。当方の目利きはどうだったのか。結果が楽しみだ。(藤井克郎)
第41回ぴあフィルムフェスティバルが開かれている国立映画アーカイブ=9月15日、東京都中央区(藤井克郎撮影)
上映後には監督が登壇してトークイベントも開かれる=9月14日、東京都中央区の国立映画アーカイブ(藤井克郎撮影)
大勢の熱心な自主映画ファンが詰めかけた=9月15日、東京都中央区の国立映画アーカイブ(藤井克郎撮影)