映画に対する情熱と愛に貫かれた作品たち
「皆さんはすごい才能を持っている方々なので、ぜひ映画を作り続けてほしい。作り続けてもしプロになったとしても、それはそれで苦しいことはいっぱいあると思う。でもやってよかった、映画監督になって幸せだな、と思う瞬間は必ずあります。100つらくても、1の幸せのその1の力がとんでもなくでかいので、今の才能を手放さずに走り続けてくれたら幸いです」――。
2024年9月20日(金)に東京・銀座のコートヤード・マリオット銀座東武ホテルで行われた「PFFアワード2024」の表彰式上、最終審査員を務めた吉田恵輔監督はこんな言葉で若い映画人に最大級のエールを送った。
★14歳の中学生の作品を筆頭に高レベルの作品群
東京・京橋の国立映画アーカイブを会場に15日間にわたって開かれていた自主映画の祭典「第46回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」が9月21日(土)に幕を閉じた。若手映画人の登竜門としてすっかり定着したコンペティション部門のPFFアワードには19作品が入選し、それぞれ2回ずつ上映されたが、今年は幸運にも全ての作品を劇場で視聴することができた。完全鑑賞は2019年の第41回以来、5年ぶりのことだ。
PFFアワードは、とにかく自主制作ならどんな映画でも応募可能という門戸の広さが特徴で、今年の入選作も2分間のアニメーションから2時間超の長編ファンタジーに、オムニバスあり、ドキュメンタリーあり、と実にバラエティー豊かな作品が選出されていた。昨年を135本も上回る応募総数682本の中から長い期間を要して19本に絞り込んだセレクションスタッフの労力には本当に頭が下がる。
全入選作を視聴して思ったのは、5年前にも増して本当に粒ぞろいで、どれも甲乙つけがたい高レベルの作品ばかりがそろっていたということだ。今年は歴代最年少となる14歳の中学生の作品に加え、高校生の監督作も2作品が選ばれるなどますます低年齢化が進んでいたが、テーマ性もストーリー展開も撮影技術も、劇場で公開される作品と遜色がないくらいに完成度が高く、毎回毎回うならされっ放しだった。
例えば中学生のひがし沙優監督「正しい家族の付き合い方」は、父と娘のちょっとゆがんだ関係を、やや斜め上からの俯瞰や手前の砂時計越しといった凝ったカメラアングルと大胆なカット割りで紡ぎ出す。娘の部屋の中という閉鎖的な空間で撮り切るのかと思いきや、途中からは予期せぬ展開になっていって感心させられた。全てスマートフォンで撮影したとのことで、感性とやる気があれば、年齢や経験に関係なく誰でも映画として表現できる時代なんだなと実感した。
ほかにも高校生、大学生の作品には、現実の社会を描きながらもちょっと異世界が入り込んだようなファンタジーの要素が多く見られ、若いクリエイターの豊かな想像力には驚くばかりだ。一方で、監督自身の社会との関わりを反映させたような示唆に富んだ作品もいくつかあって、現代の若者の感度の高さには大いに感じ入った。
★グランプリは最貧スラム街に取材したドキュメンタリー
さて、グランプリの行方はいかに、と予測するのは、全作品を鑑賞した者ならではの楽しみだろう。今年の最終審査員は、話題を呼んだ「ミッシング」(2024年)の記憶も新しい吉田恵輔監督のほか、フィルムメーカーでアーティストの小田香、作家でアーティストの小林エリカ、クリエイティブディレクターで小説家の高崎卓馬、俳優の仲野太賀の5氏だ。映画祭の賞選定は得てして審査員の志向性によるところが大きく、今回のPFFアワードのようにレベルの高い作品がひしめき合っている場合は、受賞するか否かは本当に時の運というしかない。実際、受賞作を発表した審査員各氏は、異口同音に「それぞれが推す作品がばらばらで、すごく割れた」と打ち明けていた。
結果は、グランプリを川島佑喜監督「I AM NOT INVISIBLE」が受賞したほか、準グランプリが稲川悠司監督「秋の風吹く」、審査員特別賞がKako Annika Esashi監督「End of DINOSAURS」、林真子監督「これらが全てFantasyだったあの頃。」、畔柳太陽監督「松坂さん」の3作品に贈られた。
グランプリに輝いた「I AM NOT INVISIBLE」は、フィリピン出身の祖母から地図にも載っていないような最貧スラム街の話を聞いた現在21歳の川島監督が、恐らく危険極まりないであろうこの街をカメラ片手に訪れ、ここで暮らすさまざまな人々、特に若者や子どもたちに美しい思い出やつらかった記憶などを聞きまくるというドキュメンタリーだ。
と思いきや、後半は若くしてこの街を出た祖母とのリモートによる会話を通して、自らの悩める姿もカメラの前にさらけ出す。精いっぱい社会に向き合おうとするものの、でも表面しかなぞれない監督個人のジレンマも映し出されていて、映像の持つ力強さをまざまざと見せつける。決してINVISIBLE(見えない)な土地ではないとばかりに、インタビューに応じてくれた全員の名前をきちんと聞き出す姿勢も大した度胸で、生のままの素材をごろんと提示する構成はみずみずしく潔いものの、刺激的なフィクション作品がたくさんある中、ドキュメンタリーがグランプリに選ばれるとはちょっと意外だった。これこそ多様性を旨とするPFFの真骨頂かもしれない。
当方の一押しは、準グランプリに選ばれた「秋の風吹く」だったが、これも恐らくPFFだからこその受賞ではないかと思われるほど極めて癖の強い作品だった。7つの短編からなるオムニバス映画なのだが、モノクロのアニメーションがあったり、実写の亀が主人公のロードムービーがあったり、武将などの人形を用いたバイオレンス映画があったりと、7本ばらばらでほとんど共通項がない。同じアニメーションにしても、モノクロのドラゴンなどはかなり精緻な筆致なのに、清掃員が登場するカラー作品はまるで子どもが描いた絵のようだ。すっとぼけているのか、社会の不条理を突いているのか、何とも判断しかねる作品群だが、これらをほぼ一人で撮っている稲川監督の根性と感性は唯一無二と言っていいだろう。
ほかにも、行動や言葉にできない青春の鬱屈をかなり乱暴な形で映像にたたきつけてインパクトのあった田辺洸成監督「さようならイカロス」や、30代の女性2人が延々と山道を歩く場面に向かって相当なせりふ量で揺れ動く心理をたどっていく中里有希監督「季節のない愛」が特に印象に残ったが、残念ながら受賞はかなわなかった。
表彰式の最後には審査員を務めた5人が総評を述べたが、俳優の仲野太賀は「19作品それぞれ個性が強くて、映画に対する情熱と愛と、何とかして自分の表現を貫き通したいという気持ちと、見ているだけでパワーをもらえるような、そんな作品ばかりでした。受賞に至らなかった中にも審査員の間で盛り上がった作品がいっぱいあって、みんなに賞をあげたい気持ちです。いつかどこかの映画の現場で皆さんとご一緒できる日を楽しみにしています」と全作品のレベルの高さに舌を巻いていた。
★5年前のグランプリ監督によるスカラシップ作品も初披露
最後にもう1本、特筆すべき作品がある。第28回PFFスカラシップ作品の中尾広道監督「道行き」が完成し、世界で初めてお披露目されたのだ。
PFFスカラシップとは、PFFアワードの受賞監督に長編映画を制作する機会が与えられるプロジェクトで、古厩智之監督「この窓は君のもの」(1993年)、熊切和嘉監督「空の穴」(2001年)、李相日監督「BORDER LINE」(2002年)、荻上直子監督「バーバー吉野」(2003年)、石井裕也監督「川の底からこんにちは」(2009年)など、錚々たる監督の出世作が名を連ねる。「道行き」の中尾監督は、当方が前回完全鑑賞した2019年のPFFアワードでグランプリを受賞した「おばけ」の監督で、撮影に出演、美術、音楽とほぼ監督1人で作り上げた極めて個性の強い怪作は、極めて強く記憶に刻み込まれていた。
その中尾監督がプロのスタッフ、キャストで長編映画を撮ったというだけでも胸が躍ったが、見ての感想は期待に違わず、やはりPFF出身者は本当に多才だなということだ。映画の公開はまだ先で、海外の映画祭にも出品されるだろうから、その内容については多くを語るまい。とにかくモノクロの美しい画面の中に「時間」と「土地」が深く刻印されていて、何ともふくよかでゆったりした気分に包まれる。よくぞあの「おばけ」の監督にここまでの映画づくりの環境を提供したものだと1ファンとして感謝すると同時に、その才能を見抜いたPFFアワードの慧眼にも敬服する。
今年の全19本の入選作は、10月31日(木)までDOKUSO映画館とU-NEXTでオンライン配信されているほか、11月9日(土)からは京都市中京区の京都文化博物館フィルムセンターで「ぴあフィルムフェスティバルin京都2024」が開催される。時代の最先鋭の映像をぜひ体感してみてはいかがだろう。(藤井克郎)
審査員の小林エリカ氏(左)から表彰され、緊張した面持ちで記念写真に応じるグランプリ受賞の川島佑喜監督=2024年9月20日、東京都中央区のコートヤード・マリオット銀座東武ホテル(藤井克郎撮影)
PFFアワード2024でグランプリを獲得した川島佑喜監督「I AM NOT INVISIBLE」から
第28回PFFスカラシップ作品の中尾広道監督「道行き」から ©2024 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂DYメディアパートナーズ、一般社団法人PFF