東京国際映画祭にメイシネマ祭も

映画祭は多様性の力強さを伝える場

 第34回東京国際映画祭が閉幕した。と言っても、最終日は11月8日(月)だったから、もう5日もたっている。「報告」と名乗る以上、当日か、遅くとも翌日には上げるべきなんだろうが、寄る年波に加えて、やることがいっぱいあったんだよね。ってことで、言い訳になるけれど、ちょっと備忘録のつもりで書いてみたい。

 昨年から、以前は12月開催だった東京フィルメックスが東京国際とちょうど同じ時期に開かれることになり、しかも今年は東京国際の会場が、フィルメックスと同じ日比谷、有楽町界隈に移ってきた。映画ファンとしては、いろんな映画がいっぱい選べて、しかも場所を移動しないでいくつもはしごできるというメリットはあるが、さて何を見ればいいのか選択に悩むところだ。

 今年もそんなにたくさん見ることはできなかったが、東京国際で印象に残った作品の1つに、ガラ・セレクション部門で上映されたインド映画「チュルリ」(リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ監督)がある。J-WAVEの番組を聞いていたら、今年からプログラミング・ディレクターに就任した市山尚三さんがお勧めの1本として挙げていた作品で、東京国際がワールド・プレミア、つまり世界初上映になるという。これはぜひとも見にいかねばとはせ参じた。

 確かにこれまで見たこともないような不思議な、というか奇妙な作品で、映画表現の新たな可能性を示していた。2人の刑事が身分を隠して、ジャングルの果ての山深い村に潜入捜査に行くという話なんだけど、ミステリーとSFとホラーとがごちゃ混ぜになったような娯楽作で、しかも畳みかけるようなせりふ回しがぼーっと考えるいとまを与えない。ペッリシェーリ監督は、今年7月にシアター・イメージフォーラムで公開されて話題になった「ジャッリカットゥ 牛の怒り」(2019年)を手がけた人だが、またまたすごい映画を作ったもんだなと感動した。

 日本映画も、コンペティション部門の「ちょっと思い出しただけ」(松居大悟監督)、アジアの未来部門の「よだかの片想い」(安川有果監督)、「誰かの花」(奥田裕介監督)、Nippon Cinema Now部門の「親密な他人」(中村真夕監督)などを見ているが、いずれも今日の世相を反映させた意欲的な作品で、非常に見応えがあった。

 観客賞のほか、審査員からスペシャルメンション(特別な言及)を受けた「ちょっと思い出しただけ」は、ちょっと驚くような仕掛けが施された切ない青春映画だった。コロナ禍の今を起点にして徐々に過去にさかのぼっていくという手法で、活気のないマスク姿の風景から物語が始まる。コロナ時代の異様さがずしりと胸に響いてきて、さすがは心情描写に定評のある松居監督らしいなと感じ入った。

「親密な他人」もコロナ禍が背景にある。人と人との交流が疎になっているこの時代ならではの人間関係が描かれており、ミステリー仕立てという娯楽要素をたっぷりと盛り込みながら、背後に社会不安の世情が見え隠れする。そう言えば、フィルメックスのメイド・イン・ジャパン部門で上映された「春原さんのうた」(杉田協士監督)も、登場人物はみんなマスク姿だった。直接、コロナに触れはしないのだが、この時代に作った映画はどうしても言いようのない閉塞感が反映されるのかもしれない。

 昨年の東京国際はそのコロナ禍のため、審査が行われなかったが、今年はフランス女優のイザベル・ユペールを委員長に、5人の審査委員がコンペティション部門の選考に当たった。ノミネートの15作品はほとんど見ていないが、最終日の11月8日(月)に行われたクロージングセレモニーには取材者として参加し、受賞者の喜びの声を聞くことができた。

 と言っても、観客賞の松居監督以外は誰も来日がかなわず、事前にオンラインで報告したときのコメントを会場で流すというスタイルだった。グランプリに輝いた「ヴェラは海の夢を見る」はコソボのカルトリナ・クラスニチ監督の初長編作品で、クラスニチ監督は「日本は私にとって夢の国で、その映画祭に初めてのコソボ映画として上映されたのは非常に光栄です。しかもグランプリを受賞するなんて、喜びとともに泣いてしまいました」と、興奮を隠せない様子で語っていた。

 このクラスニチ監督をはじめ、審査委員特別賞を受賞した「市民」のテオドラ・アナ・ミハイ監督、主演のフリア・チャベスが最優秀女優賞に輝いた「もうひとりのトム」をロドリゴ・プラ監督と共同で手がけたラウラ・サントゥージョ監督と、女性監督の作品が高い評価を得た。講評に立ったユペール審査委員長はこの3本に触れ、「主人公の女性たちは3人とも途方もない犯罪、暴力、虐待、無視に正面から向き合っている。しかも3作とも被害者として描かれているのではなく、敵と真っ向から対峙している。言語や民族とともに性の多様性が印象に残った」と、今年のテーマでもあった「越境」の力強さを強調していた。

 多くの映画を見ることに加え、ゲストとの触れ合いも映画祭の魅力だが、やはりコロナ禍で海外からの来日は制限され、直接交流の面で寂しかったのは否めない。当方が上映後の質疑応答に出くわしたのはガラ・セレクション部門の「GENSAN PUNCH 義足のボクサー(仮)」だけで、しかもフィリピンのブリランテ・メンドーサ監督は来日しなかったが、日本人出演者の尚玄や南果歩らが登壇。2018年の東京国際でブリランテ監督と一緒に審査委員を務めたことが縁で今回の出演に結びついたという南は「本当に映画祭というものは人と人を結ぶ場だと思っています」と、映画祭の重要性を口にしていた。

 一方の同時期開催のフィルメックスだが、昨年までプログラム・ディレクターを務めていた市山さんが東京国際に移り、今年から神谷直希さんが担当。期間中は3本しか見ることができなかったものの、アジアに焦点を当てた先鋭的な作品を上映するという姿勢は健在だった。

 こちらも東京国際同様、海外からのゲストが来日できず、上映後の質疑応答はオンラインが多かったようだ。さらにいちいちマイクを手に質問するのではなく、画面上のQRコードでスマートフォンから送るという形式が取られた。コロナ禍で接触を避けるという意味も大きいのだろうが、これだと誰が質問して、登壇ゲストも誰に向かって答えればいいのかがわからない。こういう場ではなかなか手を上げづらいシャイな日本人も、この方法だと気兼ねなく質問できるというメリットはあるが、さてコロナ後も定着するかどうか。 コンペティション部門は異例の2作品の受賞だったが、タイのジャッカワーン・ニンタムロン監督もジョージアのアレクサンドレ・コベリゼ監督も、やはりビデオメッセージでの喜びの声だった。

 最後に同じ時期に行われたもう一つの映画祭のことにも触れておきたい。東京都江戸川区の小松川区民館を会場とするメイシネマ祭は、その名の通り毎年5月に開かれてきたが、今年はコロナ禍の影響もあり、11月6日(土)、7日(日)の開催だった。ドキュメンタリーに特化した映画祭で、1990年の第1回以来、すでに30年も継続している。

 これまでも何度か見にいっているが、きっかけは森田惠子監督に教えてもらったことだった。森田監督は「小さな町の小さな映画館」(2011年)、「旅する映写機」(2013年)、「まわる映写機 めぐる人生」(2018年)の映画にまつわるドキュメンタリー3部作で知られ、取材その他で大変お世話になっている。メイシネマ祭では受付や記録などのボランティアを買って出ていて、会場でお目にかかるのがいつも楽しみだった。

 だが今年の4月、森田監督は闘病の末、帰らぬ人となる。68歳だった。今年のメイシネマ祭は、1日目の11月6日を森田監督追悼上映会と銘打って3作品をセレクト。そのうち、その名も「メイシネマ上映会」(2021年)は監督の遺作となった作品で、この日がスクリーンでの初お目見えだった。

 1回目からメイシネマ祭を主催している藤崎和喜さんへのインタビューを中心に構成されており、藤崎さんの朴訥としたおしゃべりとともに、質問する森田監督の優しい人柄が伝わってくる作品だった。途中から編集作業を引き継いで完成させた榊祐人監督も会場に駆けつけ、森田監督の最後の日々について語ってくれたが、とても素晴らしい供養の場になったのではないか。藤崎さんはじめ、関係者の尽力に敬意を表したい。

 映画は今を切り取った鏡であり、映画祭は多様な今を伝えるとともに、永久に残る映画の時間を大勢で共有する場でもある。森田惠子さんというすてきな映画監督が残したすてきな作品を味わえる場が、今後もときどきは訪れることを願ってやまない。(藤井克郎)

第34回東京国際映画祭のグランプリを受賞した「ヴェラは海の夢を見る」のカルトリナ・クラスニチ監督に代わって審査委員長のイザベル・ユペール(左)からトロフィーを受ける駐日コソボ大使館のアルバー・メフメティ臨時代理大使=2021年11月8日、東京都千代田区のTOHOシネマズ日比谷(藤井克郎撮影)

第22回東京フィルメックスのコンペティション部門に出品された「ユニ」の上映後、質疑応答に応じるインドネシアのカミラ・アンディニ監督(右)。来日できたゲストには、会場からの質問をプログラム・ディレクターの神谷直希さんがパソコンでピックアップして問いかけた=2021年11月5日、東京都千代田区の有楽町朝日ホール(藤井克郎撮影)