「男はつらいよ お帰り 寅さん」(山田洋次監督)

 渥美清さんが亡くなったときのことはよく覚えている。1996年の夏の日の昼下がり、共同通信が速報で伝えてきた。死去後、すでに何日か過ぎていて、家族で密葬を済ませた後だった。

 産経新聞でもすぐに特集ページを作ることになり、渥美さんの代名詞ともいえる映画「男はつらいよ」シリーズで歴代マドンナ役を演じた全員のコメントを入れようとなった。無茶な話である。その無茶な任務が、映画担当だった当方に回ってきた。

 第1作のマドンナ役だった光本幸子の所属事務所から順番に電話をかけ、渥美さん追悼の談話をいただけないかと依頼する。なにせシリーズは48作もある。重複して出ている人もいれば、1作で複数のマドンナがいたときもあったから、きっちり48人ではないが、それでも大変な数だ。依頼の電話をかけ切らないうちに、最初の方にお願いした女優さんから連絡が来る。当時はメールやSNSといった便利なツールはない。電話かファックスでコメントをもらい、その合間を縫って新たな依頼の電話をかけ続けるという大仕事の結果、何とか20人の談話を見開き2㌻にわたって載せることができた。

 第1作の公開から50年を記念して作られた新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」には、そんな歴代のマドンナたちの笑顔がフラッシュバックで流れる。必死に頑張ったあの無茶な指令のことが脳裏によみがえってきて、いささかしんみりとした気分になった。

 今回の作品、主役は渥美清となっているものの、もちろんすでにこの世にはいない。現代の最新技術によって、渥美さん演じる寅さんの映像が、甥っ子の満男くんらの前にふらっと現れては消えていく。そうして、悩める中年となった満男くんに、かつてと同様、人生にとって大切なこととは何かをさりげなく示唆するのだ。

 満男(吉岡秀隆)はサラリーマン生活をやめて小説家になり、中学生の娘、ユリ(桜田ひより)と2人で暮らしている。妻はすでに亡くなっているが、今も忘れることができない。そんなある日、書店で開かれたサイン会で懐かしい顔と出会う。現在はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員として海外で暮らす初恋の人、イズミ(後藤久美子)だった。

 映画は、この2人の再会を軸に、満男の母、さくら(倍賞千恵子)と父、博(前田吟)、イズミの母(夏木マリ)、寅さんと恋仲だったリリー(浅丘ルリ子)といった面々が絡んで展開していく。ほかにもタコ社長の娘の朱美(美保純)や柴又帝釈天の寺男、源公(佐藤蛾次郎)ら、今も現役の寅さんファミリーは総出演といった風情で、これに過去の回想としてシリーズ名場面の映像がたっぷりと登場する。

 改めて感じるのは、満男くんをはじめ、みんなそれ相応に年を取ったなということと、何よりもかつてのシリーズは文句なしに面白かったという点だ。15作目「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」(1975年)の有名なメロン騒動も出てくるが、何度も見ているはずなのに腹を抱えて笑ってしまう。

 一方で現代の物語は、生真面目な性格の満男を軸にしているせいか、2019年というこの時代のせいか、思いのほかに深刻だ。イズミがUNHCRで働いているということで難民問題がクローズアップされるほか、高齢者の介護や子どもの教育など、現代日本社会の生きづらさを象徴するような事案がいろいろと降りかかってくる。

 寅さんが生きているのか死んだのかは、映画の中では一切、触れられないが、こんなときに寅さんだったらどんなことを言ってくれるんだろうという思いを、われわれは満男くんと一緒になって抱く。肩に力が入りすぎていたらほぐしてくれて、逆にあまりにもいい加減な態度だと真剣になって怒るのが寅さんだった。そんな人は、確かに今の日本にはいなくなってしまったのかもしれない。

 2019年は当方にとっても激動の年で、長年の労働者生活に別れを告げ、フーテンの身の上になった。とはいえ世知辛いこのご時世、自由気ままにふらり諸国行脚というわけにもいかない。満男くんじゃないけど、まだまだ奮闘努力しないとね。(藤井克郎)

 12月27日、全国公開。

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映画「男はつらいよ お帰り 寅さん」から。小説家になった満男(吉岡秀隆)は…… © 2019松竹株式会社

映画「男はつらいよ お帰り 寅さん」から、寅さんの妹、さくら(倍賞千恵子) © 2019松竹株式会社